今宵も月夜に導かれ、

あっちの止まり木へふわり、こっちの止まり木にふわり。

いったいどこへ行き着くのやら。

そんな「月夜のみみずく」の自分のための備忘録

さりげなく

2009年12月31日

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紅白歌合戦から年忘れ日本の歌にチャンネルを変える。台所の死角から……


紅白紅白と嬉しそうにしていたおじいちゃんが、EXILEが終わるころ無口になってしまった為。だんまり黙ってしまったのである。だんまり……石のごとく黙ってしまった。


まるで時に置き去りにされたかのように。


これも介護だ。元日も朝五時から戦う。

山より

2009年12月26日

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千葉の山にきている。


生後1ヶ月ちょいのモカという子犬がきていた。

夕方コタローという去年まで子犬だったお隣の山の犬さんがやってきて仲良しになっていた。


夜も更けてモカが寝ているのに、小屋のそばまできてじっとすわっている。今晩は家に帰らないの?


犬にも友情があるんだね。

恍惚の人1 クリスマス編

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夕飯も終わり、台所で洗いものをしていると五分おきに話かけてくださる方がいる。「今晩、こちらに泊めていただけるの?」と。


み「はい、大丈夫ですよ、泊まって行ってくださいね」


「お部屋はあるの?」


み「はい、ちゃんと一番奥の部屋が○○さんのお部屋ですよ」


五分後…


「今晩、こちらに泊まるの?朝はいくじ?」


み「はい、安心して泊まって行ってくださいね。朝はだいたい6時くらいです。」


「そしたら帰るの?」


み「天気がよかったら帰るかもしれません」


「ありがとう」


五分後……


「お兄さん、今晩はあたし泊めていただけるの?」

み「もちろん大丈夫ですよ。存分に泊まって行ってください」


「お部屋はあるの?」


み「はい、○○さんのお部屋はね、奥にあるから寝るときにご案内しますね!」


「お世話になります。あたしここが悪いから、ごめんね」


み「いいえ。またわからなくなったら聞いて下さい。」


家はないので帰ることはできないし、家に帰れば幸せとは限らない。


こんな会話を何回も繰り返し、消灯の時間がくる。さあみみずくも帰って寝るかな……


すると別のかたが部屋から服を着込んで、出てこられる。


み「あら、××さん、そんなに着込んで暑くないですか?」


「大丈夫。あたし今から帰るの」


み「あらら。あれま。こんな遅くに帰っちゃうんですか。」


「すぐ近くだから」


さっさと自分でフロアの鍵をあけ、エレベーターで降りようとする。


み「暗いし玄関もしまってるかもしれないので、僕も一緒にいきます」


クリスマスの寒い夜、こうしてみみずくは××さんと手をつないで建物を二周まわる。別のユニットにもいく。そこの夜勤者さんにたしなめられたりする。


なるべく話題をそらせ……


み「寒いからレモンの紅茶でも飲んでいきませんか?……はい、どうぞ」

「すごくおいしい、ありがとう。でも帰らなくちゃ」


さらに夜の庭を雑談しながら一緒にまわる。


み「うーん、どうも門があいてませんねぇ。安全対策ですねぇ。明日の朝、あけてもらうことにして、今夜は××さんのお部屋に泊まっていかれたら? そうだ! それがいい! そうしましょう!」


「そうね…」


この仕事をしていて、だいぶ腹のすわった演技ができるようになった。警察を呼ばれるまえに、たしなめることができて、ほっとする。


こうしてクリスマスは残業で終わった。


神に感謝。

特擁でのクリスマス会

2009年12月20日

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今日は職場のGHでクリスマス会。みみずくの勤める社会福祉法人の本拠地である特別擁護老人ホームの併設レストランに行った。
話では聞いていたが、衝撃的であった。「ここが特別擁護なのか!?」 フロアはホテル並み。ゆったりとした真っ赤なソファー、レストランは一流のフランス料理、クリスマスの飾りつけも教会のよう。しかも完全なるバリアフリーを実現している。一介護職員のピアノを聞きながら、みみずくはうなっていた。
しかもここは決して、他の施設に比べて価格が高いというわけでもない。
日本の介護福祉の最先端のサービス。
認知症が進んだ方にとっては意味がない? そんな風にも思っていた。だが、ふだんなかなか笑わない方もにこやかに笑っていたのをみてみみずくは泣きそうになった。
認知症介護は教育と異なり、「瞬間」のサービス業である。
線か点かの違いである。
けれども、この広い三次元の地球が、はるか銀河のかなたからみれば一点であるように、さほど大きな違いはないのかもしれね。
家族の力、職員の力、人間の力。
やろうと思えばここまでできるんだ。
みみずくのほうも負けてられぬと思い。
明日の全職員勉強会で、授業者をする。


長野にまたくる

2009年12月12日

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夕方の高速バスで長野にいく。


大学時代のゼミの同期や後輩たちがキャンプの企画をたててくれた。


前日の最終ミーティングにお邪魔している。


企画は一番に、企画者がもりかあがる。

大遅刻1・2

2009年12月11日

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眠い眼をこすり、バイクでいつもの坂道をかけあがっていく……間に合うはずであった。


半年残業はしこたましても遅刻はしたことのないみみずく。


がしかし。今朝は遅刻した。


というのも通勤途中の通り過ぎる景色のなかに、ふりかえざるを得ない何かをみた気がしたからである。


(んんん???)

(人だ)


(だれ?)


(どこかでみた気がする)

(あ、あ、ありゃ帰宅願望の激しい隣の棟の○○さんがひとりで、歩いとるよ!)


それは通常、有り得ないことであった。 なんてこった。


前にこのかたは過去、事務の姉ちゃんを"職員"と信用させ、門の外に出ていってしまい一騒動になった。鵜呑みにしてしまった事務も事務だが、本来自由に外出できるのがグループホームの望ましい姿ではある。


バイクを停め、五十メートル坂を下り みみずくはそのひとのもとに走りよった。


案の定、「あそこはなかなか返してくれないんですよ」「いまうちに帰る途中です」


みみずく、ひとまずホームに連絡、上司に「連れてかえってきなさい」との命をうける。


かといって強引に連れて帰ることもできず、パーソンセンタードケアとつぶやきながら、一緒に坂を下っていったのであった。

つづき

み「○○さん、えーと、やっぱりこっちの方に行きますかねぇ?」

「そうだねえ、娘が先にいってまってるからね」

み「おちかくなんですか?」

「ここは私の散歩道だったから」

み「・・・・・・」

ついて行くとなんてことはない、人里離れた山奥でもない、交番でもない、本当に娘の家についてしまった。

「ああ、○○の人? ごめんね、荷物持って先きちゃった」

電話

上司から「ああみみずくくん? タイムカード書かなくていいから戻ってきて。娘さんと一時帰宅したんだって」

み「・・・はい・・・では、業務に復帰します・・・」

信用してよかった。連れて帰ってこなくて良かった。

ホームヘルパー2級

2009年12月9日

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いよいよ通信でヘルパー二級に挑む。介護の資格の第一歩…


教育のすそ野は大学でかじったが、こちらも山頂はまだ深い雲に覆われている。


テキストもどっさりとどいた。


教員免許状はクローゼットにしまってある。残念だが、いつか使う日もこようくらいの気持ちでいる。


職場のほうでも、自主的な勉強会にはいってみた。


人間、生きている間は勉強……

帰ってあけほの寮から帰ってまた帰って、職場に帰って……どこに帰ってきたのか

2009年12月8日

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昨日おととい長野に住んでいた寮の一年に一回の寮祭にいってきた。


行くのやめようと思いつつ、ひきかえそうと思いつつ、夜おそくついて、懐かしい友だちにつぎつぎにハグされ、ああ、やっぱりいってよかったと思う。久しぶりに、ふられたりもした。


今朝は仕事中家賃の未払いの電話を受けてから沈みっぱなしだった。


気合いを入れなおし残業して専属夜勤でもできなかった一人を寝かせた。


だいたい手をにぎって、鼓動とおなじリズムをきざんでいればどんな一人も寝てしまう。


こうされればみみずくだってきっと寝てしまう。僕は、簡単でもおいしい料理しか作らないし、自分がしてもらいたいことしかしない。

余力の生かしかた

2009年12月4日

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今宵は満月を少しすぎたオレンジ色の月輝く夜。月夜のみみずくは満月の夜に使い切った羽をやすめる頃。


(この月を、どのくらいの人が、どんな思いでみているのだろう)


(あの人はみてるだろうか。かの人はみてるだろうか)


走馬灯のように、みみずくのかつて瞬交わった人々の姿がこころに浮かぶ。小さなこころに、風に消えまいとする灯火のように………


細胞の死、すなわち人は時間を経て老いてゆくもの。その月日はあっというまに過ぎてゆく。一度限り与えられた生命。日々の暮らしだけで終わってもいい。毎晩疲れて眠ってそれだけで手一杯でもいい。


けれども。けれどもだ。ほんのすこし少しでもいい、毎日余力を残して、すこしずつ貯めて、いつか、いつか外にむけて発せられれば。

きっとわたしの、あなたの、月夜のみみずくの生涯が、もっともっと色づくはず。

勉強会

2009年12月2日

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月一の全スタッフミーティングで、勉強会があった。


ロールプレイでお年寄りと介護者になりきり、その方の本当の気持ちをみなで話しあってみたり、高齢者虐待、身体拘束について学んだり。


介護福祉や認知症の世界は奥が深い。


尊敬するケアマネの先輩はこれ以上ない学問の場といっていた。


今日まで自分流だった。今日から、勉強すべし。

春以来久しぶりの君津の森へゆく

2009年11月30日

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こころの隅で、ずっと、いつかいつかは、行きすぎた文明,喧騒から離れ、山で生き、死にたい、つまりはくらしたいと思っている……


みみずくの住家は、ここ朝比奈は山に南北囲まれた小さな町。けれど、真ん中に主要道路が通っているから静かでない。


このあいだ信大時代の親友、関東に就職した親友から「土日の遊ばない」というメールがあったのがきっかけで半年ぶりに千葉の山へ行った。みみずくが気のゆるせる、数少ない女友だちからお誘い。


その子をつれて、去年、頭狂った、みみずは、半期休学し、病み上がりで、横浜に戻った。そのとき高校生だった耳がしていたボランティアで知り合った画家のSさがさそって下さった千葉にの山に行った。


仕事の合間の2日だけの休日に付き合ってくれた親友に感謝。そこいら街中にはいない、タフな女の子。金脈はしらないが人脈ある友だち。


久しぶりに一緒にいて言葉にならないけれど、すごくあったかい気持ちになれた。

披露山公園

2009年11月18日

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小学生のとき悪い友だちと一緒に、遊びにいった逗子の披露山公園。


相模湾と富士山が見渡せる。


十数年ぶりに、お年寄りたちをつれて訪れた。


サルもアヒルも変わらない。


子どもの頃の大好きだった場所。


たしか崖っぷちから並んで立ち小便をしたっけ……。

乳酸菌を育てる

2009年11月15日

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みみずくは細菌やバクテリア、酵母に興味がある。


ミクロの世界で、生物の営みの根幹を支えているいきものたちは人間の暮らしをささえているもの。人間の腸にはも数億という細菌が共生している。そうきくと、みみずくは目に見えない不思議な生き物をもっとしりたくなったのであった。


……今日は仕事帰りに850円で中古のヨーグルトメーカーを買った。わずかな電力で一リットルの牛乳パックを、常時30℃前後でたもてるという代物である。


いまは明治乳業のL21乳酸菌を種にヨーグルトを作っている。作り方は簡単で一literの牛乳に市販のひとかけら「プロビオヨーグルト」をいれて、一晩温めるだけ。翌朝には固形のヨーグルトができている。


ヨーグルトならなんでもいいのだが、明治乳業のLG21乳酸菌は、一時期話題になって、胃癌の原因となるピロリ菌を減らす効果があるというので、いまはそれを種にしている。


カスピ海ヨーグルトやケフィアヨーグルトはかつて話題になったが、市販のヨーグルトに含まれる菌で簡単にヨーグルトを作ることができるのは案外知られていない。


牛乳がヨーグルトになる魔法をぜひおすすめしたい。

新しい町から

2009年11月14日

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引っ越しが終わり、やっと一段落しました。


写真はここから一番近い海、金沢八景。もうひとつはアパートから見える山。


朝比奈切り通しの近くです。


蛇口をひねれば水がでます。電気もあります。プロパンガスもあります。


当たり前のようですが、職場の七十すぎの大先輩は、鎌倉に家を自分で立て、水は湧き水をつかい電気もなく石油ランプで暮らしていたそうです。

そういう話しをきくと、このアパートは味がないようにも思う。


いつかみみずくもお金をためて山あいの土地を買い、仲間と家を立てたい……そして森と畑と動物にかこまれれて暮らしたい。


まず最初の目標はヘルパーの資格と障害児ヘルパーの資格をとること!


そのあと海外に飛ぶ。カンボジアや、北欧の国の福祉について見てきたい。


教員になる目標はひとまず保留です。まだ、自分の勉強が足りていないのを痛感するからです。


中身のないまま、世界も知らぬまま、子どもに授業はできない。


何年かかるかわからないけれど、ここの町を新しい出発点にして頑張る。

2009年11月5日

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夜中、思いだされる無名の人々……


大阪発出雲行き夜行列車で同伴した、住む最愛の人にあいにいくという中年男性。みみずくはこの人から貰ったカレーパンを食べ、その後食中毒を起こした。


シャッターがしまった深夜の千葉駅。体を売ってその日ぐらしをしているという女性。「女はいいですね」とうっかり失言し、お詫びにシャッターごしにピースを渡した。


電車の中でこれから先輩を殺しに行くといっていた兄弟。兄は根性焼きだらけ。車内で雪合戦をして別れた。電車に乗って殺しに行くというのが田舎だと思い。


屋久島の縄文杉の近くの非難小屋で泊まるといいはるみみずくを、凍死するから止めなさいと止めた元自衛隊のお兄さん。

「もー人類は木星につぃたよー」としか、いわない、かつてなにがあって精神を壊してしまったのか。


満員電車でスーパーカップ5つを袋にぶら下げ周囲の人の視線もくれず至福の表情で食べはじめた男。


公園で小学生のみみずくあいてに自転車のチェーンを振り回し、「彼女用」の二台目の携帯電話をもつ若いセレブホームレス。芋飴というのをくれたが毒がはいっていないか心配でみみずくは気づかれないように吐き出した。


数学の試験中、失禁した隣席の友達。お茶をこぼしたのだといっていた。

修学旅行のバスのなかでもよおしたがバスを止められず、しかたなくペットボトルにしたクラスメートもいた。どうやって入れたのか、諸説あった。


病室で桜のスケッチをしているとおもむろにはいってきて花をパクッと食べてしまった小さいおじいさん。機嫌がいいときは「かぼちゃーかぼちゃーかぼちゃー」歌っていた。


印象が強くて死ぬまで忘れられない。

頭の引っ越し中

2009年11月3日

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八百屋の棚卸しではなくて引っ越しの荷造り。


引っ越しのたび無駄なものにかこまれて生活していることがわかる。


要るものはほんのわずかばかり。ほとんどはココロの隙間を埋めるため広いあつめたガラクタ?


職場で毎日ティシュをあつめ、小さな布袋にぎっしりつめている老婆と私は似ている。


がらくたは捨てさり、新しい生活が始める。ここで心機一転、古い生活にけりをつける……

みみずく23年目の現況

2009年10月30日

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みみずく父「印鑑、薄くていいんだよな?」




みみずく「だめでしょ!」


一ヶ月の交渉を経て、みみずくの親父より、家出の許可が下りる。実印をうやうやしく頂戴する。その際の父の御言葉。


父「この狭いアパートで一生暮らして、つまらない人生を送るんだな」


みみずく「・・・・・・」


うまれてこのかた3回目の引越し。予定通り、来月早々に、引越しをする。


「あたらしい塒」 それだけで気が休まる。一時的であっても。


家賃は35000、しかして月収の四分の一。みみずくの職場の社会福祉法人に土地を分け売った、大地主の所有するアパート。地主は近辺の山を所有し、アパートの隣の地主の畑を登っていけば、職場に着く。



  * * *



先が見えない毎日をなんとなく生きている気がする。上司から、嘱託勤務を勧められる。パート、嘱託、社員・・・・・・名もなき一社会福祉法人で一生を働くことをちょっと想像できない。


みみずくは教員免許を持っていて、それをとるために大学にいった。行かせてもらったといえばいいのだろうか。目標を持っていた。


いまはといえば・・・何も考えずにはじめた仕事を、何とはなしにしている。給料は安いが養うのは自分ひとりなので生活には困らない。


  * * *


介護の仕事は、顧客の見える一対一のサービスで、そのやりがいは感じやすい。仕事も、有機的な暖かさを持っているし、きついといわれる割には精神的な負荷は感じない。実績はあまり評価されないが、どの職員も、最大限の努力と愛情を注いでいる。


認知症のケアは、一瞬一瞬の場面が大きい。なにもかも直ちに忘れられてしまうから、その一瞬、どうその人を輝かせるかが本領である。教育とは違って、人を育てる過程を支えるのではなく、人が死んでいく過程を支えていくこと、社会を支える不可欠な仕事である。


けれども、といえばいいかだからどうした、といえばいいのか、先が見えない日々に不安を感じる。一流をめざしていったであろう、高校時代の仲間の顔が浮かぶ。


月夜のみみずくがぽつねんと一人、ろうそくの光を放っていて、


近くにはだれもいない。


ふっと消えても、変わりの光はたくさんある。


世界はたいしてかわらない? 無力感。


そう思ってしまうと何をするきも失せてしまう。


思わないようにこらえている。

朝の付き添い

2009年10月27日

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早朝五時から、毎日、親戚、近所の人、スタッフが交代で、一人の徘徊する入居者につくようになって一ヶ月あまりがたった。みみずくも、月数回、休みの日の早朝に入っている。食事につくまで、この人につきっきりで見守りをする。外を歩き回ったり、事務所で絵を描いたりする。

精神科医の投薬により、暴言暴力はなくなった。夜間もなんとか練るようになった。しかし、早朝目覚め、元気よく歩き回るこの方を、この時間帯夜勤者ひとりではとても見きれない。夜勤者はほかの8人の起床介助、排泄介助、排泄介助から食事の準備まで、短時間でひとりでこなさなくてはならないためだ。なにが起こるかわからないこの職場だが、なにも起こらなくても怒涛の忙しさである。

介護度は3である――もっとも介護度の高さと対応の難しさは関係しない――したがって、この人に適した特別擁護老人ホームに申し込んでも、なかなか入れない。待ち200番台という。

これから冬にかけてますます厳しくなる早朝、ただでさえ交通の便の悪い山の上のグループホームに通ってくれる一般の人はなかなか見つからない。

親戚も、これ以上スタッフの負担が増えることを望んでいない、といって代わりの人は見つからない。

山積する問題は、現場の数人の職員で話し合いを重ね、解決していく。上からの助けを待っていても来ない。

今回の話し合いでは、いい案が見つからなかった。

精一杯のことば

2009年10月22日

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若年性アルツハイマーで介護度は5、うなるばかりで言葉が話せない方の排泄介助をしていた。いつものように。


車椅子でトイレまで行き、そこからトランスして便器にうつすのだが、そのかたは、かろうじて立つ力があった。しかも今朝は珍しく多幸表情を見せていた。


み「○○さん、立てますか」そういっていつも手を引き立ってもらうのだが……


「たてません。」


み「!」


久しぶりのことばにびっくり。


つづいて電話がなった


「電話。」


みみずくはこんなに言葉を聞いて嬉しく思ったことはない。


五年まえは、自由に歩き、毎日でかけ、普通のご飯を食べていたらしい。介助もほとんどいならかった。しかしアルツハイマーの進行が早かった。

たったこの二言をきいただけでみみずくは元気になった。希望が湧いてきた。

新しい住処と病院行き、警察につかまるの巻

2009年10月17日

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来月からこの山の麓に引っ越す。職場は山のうえにある……


朝五時九時の超早番勤務を終え、神経科へ。


ことあらましを涙ながら報告する。


また同じクスリが処方されるだけなのだが。


この先生は増やせといえば増やし減らせといえば減らす。なにもアドバイスはくれない。たった五分たらずの会話で三百点の精神療法にあたる。


馬鹿げている。


もう1年以上たち、このクスリは止めたいので減薬を急ぎたい。


世の中の犯罪者はけっこうな割合でこれと同じクスリを服用している。
レインボーブリッジをくぐろうとしたハイジャック犯もたしかパキシルではなかったか?


帰りに、右折禁止場所を右折、張っていた警察ににつかまる。罰金五千円。今日は朝から働いた分は全部宙にきえた。

離脱症状

2009年10月16日

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抗うつ剤のパキシルを切らして一週間がたち……

休みがとれずなかなか病院にいけない。


急に止めては危険だと聞いている。離脱症状らしきものがでてきた。


体が数秒ごとにびくっとけいれんする。電気が体を流れている感じ。


あと、些細なことで悲しくて涙が止まらない。馬鹿みたいだが、職場の植木の花をみただけで切なくてだらだら涙を流している。


はたから見れば馬鹿みたいだが、悲しいから仕方ない。


またなにを見ても、明日地球が終わるかのような漠然とした恐さを感じる。あるいは死後の世界をさまよっているような、取り返しがつかない悲しい孤独な感じ……


すべてはSSRIの離脱症状だと思われる。


どれだけ日常のみみずくの人格が、このくだらないクスリに支配されていたかがわかる。


くだらない1日3錠のクスリがみみずくの精神の一方を支え、一方を侵している。

2009年10月13日

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……醜いことはまだまだいっぱいある。


若年性アルツハイマーで言葉もほとんど話せくなったご入居に みみずくはいつものようにミキサー食の食介をしていた すると……


「あら、あのひとはスプーンで食べさしてもらってるよ。……かわいそうだねぇ」囁きが聞こえる。


みみずく


(あなたもウンコは漏らすし!!毎日下着を濡らすだろうよ!!)


こころのなかでそう思ってしまった。


なんてこった…


ああ…なんてことだ


すべて老化と脳の萎縮がもたらす行いならば、万人にむけていっておきたい。


誰しも、自分が確かな自分でいるうちに、よくよく次のことを考えておくべきだ。


自分は、美しく老いることもできるし、醜く老いることもできる。

6連勤の幕開け

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今日は6連勤の第一日目、しかし慣れない家政婦が入ったり、なんだかんやで、時間までに仕事が終わらずなかなかどうして……きつかった。


認知症で、笑顔をふりまき徘徊するお年寄りからは、励まさることが多い。


トイレで


「○○さん、お腹に力入れて!ぐーっと」


「"ぐー"」


「えーと、ごめんなさい……"ぐー"っ言うんではなくて、こうぐーって力入れるんです"ぐぅーぐーぐー"って」


「"ぐぅーぐーぐー"」

「……でないかい」


「ええ。でないんですよ。ここんとこにね(肛門をさし)、割り箸が二本はいってるんですねぇ」


認知症もいろいろで、なかにはやっぱり疲れてしまうものもある。


四六時中まわりを監視して他人へ嫌みや悪口をいったりする方。性格の悪さが老いて全面にでてきている。


普段は丁寧でやさしいが、時々目つきがかわり、まるで違う人になったように暴れまくり叫びまわる人もいる。(みみずくのいった精神病院でこれくらい暴れれば保護室へ監禁される)


排便の介助などは、プライドにさわり、人によってはいやがられる。介助中に罵倒されたりもする。こうしたときは頭でわかってもどっと疲れてしまう。


……家族もだ。毎日のように手伝いにくる家族もいる。たまにしかこれなくとも、悩みぬき向き合っている家族も多い。ろくに来ないし、必要なお金も惜しむがいうことはいう家族もいる。


要するに問題があるからこんなグループホームが必要ないのである。


たくさんの善と悪がひしめき合って。人間の美しいところと醜いところがむき出しになって。


醜さだけに目がいってしまうと、この仕事はまず続かない。


明日も気合いを入れて頑張る。


自分のために。

菜の花と宇宙

2009年10月8日

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去年の冬に植えた善光寺菜。


春種をとって箱にしまっておいた。


それがきょう、台風が通りすぎたあとの日差しをあびて芽をだした。日いっせいに。


蒔き主がどれほど酷い今日だろうが、彼らには関係ない。


このうちいくつがまた同じように花をさかせる前に、虫にたべられるか、寒さに枯れるか、日照りに枯れるか。


密集して芽ぶいたもの、ふたばが白く元気がないもの……


こうして不平等からはじまり、拡散し、また新たな平等の一点に凝縮する。花をさかせ実を結ぶ。

宇宙の道理の縮小版。


人間はどうか?


生まれながらに欠けているぶん、誰かにあいたくて、何かにあいたくて、生きてる。

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病院から帰った夜、二次試験の結果を渡され、両親と面談。成績は1500数人中、限りなく最後だった。体調不良かなにかで棄権したひともいるだろうから、不合格者のなかで最低点をとった。


それよりも、衝動で大量のパキシルと精神安定剤をのみ、タバコを飲んで死んでしまおうとした月夜のみみずくにはもう、受ける資格はない。大勢の人に迷惑をかけた。生きることを放棄しかけた……


最低1ヶ月の断酒と、家族の縁をきらないことを条件に、家をでることになった。


この3日間でなにが起こったのか自分でもわからない。


こんなことになるなんて、考えてもみなかった。

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気がつくと警察官二人に抑えつけられていた。
兄がが通報したよう。


僕はさんざん暴れ、あげく、風邪薬をビンごと飲んだ。


救急車にのせられ、それから覚えていない。


次に気がついたのは、このまえ見舞いにいった、病院のベッドの上だった。


致死量の二倍のタバコものんでいた。


活性炭のどろどろした液体をのまされ、そのまま寝たか気をうしなった。

いま家にいる。仕事もはじめて休んだ。そのまま入院してればいいのに、と兄がいった。

2009年10月6日

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帰宅後、不合格を責められ。しばらくはなにもいわず聞いていた。でもやっぱり耐えられなかった。親が許せなかった。机をあしげりでひっくり返し。母につかみかかる。父と祖母がとめる。


「ででいく!」


部屋にもどり。パキシル14錠、テシプールあるだけ。レキソ十錠、あのひとがそうだったように安ワインで飲みくだした。あのひとはそれを吐いて切腹して死んだ。


タバコを紙ごと四本たべた。致死量は二本ときいている。


死ぬだろうか。
死んでいい。なすべきつとめはなした。


こんな役立たず死ねばいい。死ね。


僕は、多くのひとを助けた。だからもう役割は果たした。いま死んでもいい。


寂しい

夕方 更衣介助中の雑談

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「いつまで、ここにいられるのォ?」


月夜のみみずく「いつまでもいて、いいんですよ」


「だってコレ、かかるんだろぉう……おれ、財布わすれてきちゃった……」


みみずく「大丈夫……○○さんは昔、いーっぱい働いたから、そっから少しずつ引かれてんの。ここは安いし、お金は大丈夫」


「でも仕事しないで、世話になってばっかで、これからどう生きればいいのぉ?」


み「うーん……」


94歳からの質問。


み「○○さん、じゃあ、ここの職員になるってのは? 時給は安いけど」


「力がないからだめだぁ」


み「じゃあ、頭をつかって何か仕事を……」


「頭ないからだめだぁ おら百姓の子だから」


み「あ、じゃあ、野菜をそだてましょう! 」


「スイカなんていいなァ2つくらいはなるかなぁ」


み「スイカ?今年は下の階でスイカ作りましたよ。でも二階じゃどうかなぁ。いま秋だから秋まきの、なんかないでしょうか」


「大根か。でもおれ、百姓だとも手伝いしかしてない」


み「ようするに菜っ葉系ですね!!!できますよ。
失敗しても、春は菜の花」


かくて不安は解消でき、ひとつ、仕事ができた。

あした別れみち 合格発表

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本日、職員全員出勤で回転ずし企画とミーティング。


毎日、介護職のやりがいや厳しさ、奥深さを知る。具体的な問題が山積している。


ここのグループホームの状況は、本来あるべき姿から変わり、現況は特別養護老人ホームに近いらしい。開所五年で、人は変わり、多くが変わった。


そんな忙しい時期、明日の午後に、教採の合格発表がある。受かれば来年から教員に挑戦してみようと思う。だめなら介護の資格をとってスキルアップを目指そうと思う。


実はみみずく、これまでの人生大きな試験に落ちたことがない。しかし今回はてごたえなし、厳しい。


しかしどちらに転んでも事前に道は用意してある。むかしは<落ちたら終わり>と思うような性格だったからうつ病になった。


いまはたとえ落っこちてもこんな風に思うようにつとめる。


「試験に落ちたら半分は、試験官がそのひとの魅力を引き出せなかったわけであり、大粒のダイヤが入った原石を捨ててしまったようなもの。惜しいことをしたものだ。はっはっは」

「五カ年計画。今年は下見、来年はおためし」


「受かるまで、ほかの教師が知らぬ世の中を知る貴重な時間」


そのくらいに思っていた方が打たれ強い。


まるで、落っこちるのを願っているみたいだ。

初一人夜勤

2009年9月25日

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昨晩は初、一人夜勤であった。 PM18:00~翌AM08:30

まだ暗い四時、センサーアラームがなり、お一人が元気よく徘徊しはじめる。その音に気がつき、もう一人が失禁しながら廊下に飛び出してきた。

みみずくしかいない。助けはよべない。

排泄介助をし、廊下からトイレまで点々と尿の池を雑巾で譜拭いていると今度はいつもはなかなかおきない二人も起きて・・・

5時、非常階段からあがってきた職員はこうこうと電気がつき、テレビを見ながらお茶をすすっているご入居の姿を見て唖然としていた。

(この先輩職員は一番初めに起きてきた徘徊するおばあさんと朝の4時間を一対一で付き添う「バイト」をしているのである。みみずくも月三回入っている)


さて、戦場はあっという間にすぎ、日の出までにはほとんどの方の起床介助、着替え、排泄介助を終わらせてしまった。後は夜中に作っておいた朝食を配膳するだけ!


料理も最近は、知っているものなら何でもできるような気がしてきた。ハンバーグだとかピザだとか作ったことのない洋食も、適当にコツを教わって作ってしまった。天ぷらもカリカリに揚げられる。魚だって包丁さえ研げていればさばける。

ホームヘルパーの資格はお金で買うかみきれ、職員はいう。

もぐりの介護職員、月150時間(プラス20時間+アルバイト16時間)働いて、給与は年金やなんかを引かれて十五万にとどかない。

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秋祭り

2009年9月14日

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一昨日、グループホームでの行事、秋祭りがありまして。すごくいい写真がたくさんとれたのですが、プライバシーのため、のせません。





100歳ちかいおばあちゃんが花輪を首にかけてばんざいしてたり、利用者さんや職員の子どもたちがはしゃぐ姿だったり。



老若男女、どの顔も、その人柄がにじみ出ていて。






みみずく四日連続勤務で、とどめにあすは朝5時から9時まで仕事。そうしたらやっと一日だけ休みが取れる。きついが、それなりに楽しいことも多い。




生と死のはざま 

2009年9月12日

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昼、いつものように、x等で一番介護度の高い方の食事介助をしてた。完全ミキサートロミ食。


はじめはいつも通りだった。


しかし次第にいつもと比べ様子がおかしいと気がついた。


なにかがちがう。


体温計を出した。(いま思えば賢明な判断だった)


8度を超えていた。


リーダーに報告。


体温はみるみる上がり8度五分に。サチュレーションも70パーセント台になった。


リーダーは経験からまよわず救急車を要請した。

救急退院は意識を確認するため「手を握ってください」といったが、発話もままならない認知症、それは無理なことだった。


救急車のなかでは40度をこえ、嘔吐もあったらしい。


診断では誤嚥性肺炎…食介にミスはなかったはずなのに……みみずくの行為が、この人を死なせるかも知れない・・・


……思いがよぎる。昨晩となりの棟で一人が肺炎で亡くなられた。


今年で三人目だ。


顔なじみのあった職員は悲しんでいる。みみずくはよくわからなかった。九十を超えての死は、厳かなことではあるが悲しいこととは限らない。ましてやめでたいことでもない。


同じ命でも生きたくても耐えられなくて死んだ、いまはみみずくより年下になってしまった先輩を思う。


あのとき心臓がやぶれるくらいつらく重くて……もし身代わりできたなら、何度も思った。


いい人ほど死んでいく。優しい人から死んでいく。神様みたいな人に限って早く死んでしまう。


これほど無慈悲なことはない。これほど無慈悲なことは……

介護はきつい仕事ではない

2009年9月11日

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みみずくは、4ヶ月目にして認知症の介護に、はじめて先輩から"向いてる"といわれた。


……下の世話からなにからなにまで、別に大変とも辛いとも汚いとも思わない。不思議なことに、なんの抵抗もない。要介護度がいくら高くても。


両腕が排泄物まみれになっても、生物学な危険については知っているから、別になんとも思わない。漂白剤とエタノールがあれば、全く大丈夫……


思いだすと、はじめての排泄介助や食介は高校生の時、ボランティアで老人ホームの仕事をやった。生きずまって苦しいときたまたま見つけた。


いま、非常勤なので給与は少ない。まともに生活できないくらい。しかし少ない分、入居者と家族の負担も少ない。ここのグループホームは、恵まれた環境にありながら横浜市の助成金もあり、格安の部類に入る。一次入居金50万円。月かかるとしても最大10数万円。市でももっとも安い部類に入る。


民間の有料老人介護施設ならば入居金1000万などざらだなのに。


それに比べればここは、安くて、住みやすい。職員も優秀。


みみずくはそこ今日も明日も働く。

職場で話題になった曲

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樋口了一
「手紙 ~親愛なる子供たちへ~」


年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても

どうかそのまま私のことを理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても 靴紐を結び忘れても

あなたに色んな事を教えたように見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も 繰り返しても

その結末をどうかさえぎらずに聞いて欲しい

あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は

いつも同じでも私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える私の心へと

励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひとときに 私が思わず下着を濡らしてしまったり

お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい

あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて

いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に

祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ足も弱り 飲み込むことさえ出来なるかも知れない

足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったなら

あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように

よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい

あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど

私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しい

きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです

あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように

私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと

あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい

私の子供たちへ

愛する子供たちへ

http://www.youtube.com/watch?v=VIys43kR5S0



「償い」 

作詞・作曲 さだまさし

月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに

必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった

仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと

飲んだ勢いで嘲笑っても 

ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

僕だけが知っているのだ 

彼はここへ来る前にたった一度だけ

たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ 

配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に ブレーキが間にあわなかった 

彼はその日とても疲れてた  

人殺し あんたを許さないと 彼をののしった 

被害者の奥さんの涙の足元で  

彼はひたすら大声で泣き乍ら 

ただ頭を床にこすりつけるだけだった   

それから彼は人が変わった 

何もかも  忘れて 働いて 働いて  

償いきれるはずもないが せめてもと  

毎月あの人に仕送りをしている 

今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 

泣き乍ら走り込んで来た 

しゃくりあげ乍ら 

彼は一通の手紙を抱きしめていた 

それは事件から数えてようやく七年目に初めて 

あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り 

「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました

だから どうぞ送金はやめて下さい 

あなたの文字を見る度に  主人を思い出して辛いのです 

あなたの気持ちはわかるけど  

それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」   

手紙の中身はどうでもよかった それよりも  償いきれるはずもない 

あの人から  返事が来たのが 

ありがたくて ありがたくて  ありがたくて ありがたくて ありがたくて   

神様って 思わず僕は叫んでいた  

彼は許されたと思っていいのですか  

来月も郵便局へ通うはずの  

やさしい人を許してくれて ありがとう   

人間って哀しいね だってみんなやさしい  

それが傷つけあって かばいあって  

何だかもらい泣きの涙が 

とまらなくて  とまらなくて とまらなくて とまらなくて

http://www.youtube.com/watch?v=7-G1jyF5PF4

夜勤中

2009年9月7日

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今晩はx棟で夜勤。最初は二人体制にて、徘徊転倒の危険のあるご入居の部屋で午前一時まで寝ることに。


幸い今晩はいまのところ静か…… 明日の9時まで15時間勤務。

東京の記憶

2009年9月6日

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○○福祉会××とかかれた一台のリフト車が首都高を走る。日曜の夕方。

東京 日本の首都。世界の主要経済都市。高層ビル群、はりめぐらされた地下網……羽田空港、品川、銀座。江戸城の皇居。無数の立体が近ずき遠ざかり。


一度も降りない、止まらない。車のなかから景色眺める。


自分の生きた年月より遥かに若い建造物。

2時間弱の間で横浜の最南端から都心を往復したあと、まるで何もなかったかのように帰宅し3時のお茶を飲む。


飲み終わる頃には半分くらい忘れている。夜にはまるで覚えていない。

2009年9月4日

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コンソメパンチ様

ご心配をおかけしてしまったようで申し訳ございません。後日、ぐーすか。あの晩はすこし神経が高ぶっていたようです。睡眠障害とまではいきません。また、幸いにしてか不幸にしてか、現在も精神科に通院しているので、不調があれば相談できます。


さて、文面に「何も解らなくなってしまった人は…」とあります。それはいつも思います。今日90歳を迎えたおばあさんは、ご飯をお出しするとと必ず「料理屋さんにいったみたいだよ」と何回もいいます。「みんなにいろいろしてもらって幸せだよ」と何回もいいます。ドキュメンタリーを作るとして、こんなシーンだけを切り取ってつなげれば「ほほえましいもの」ができます。


ほほえましいけれど、ドキュメンタリーとしては嘘だし面白くもない。


現実は、このおばあちゃんは小さなことに固執し、愚痴だとかや嫌味もそれ以上に何回も何百回もいいます。まるで姑が嫁をいじめているようにきつく、毒々しくいいます。そんな生なましいシーンを適度に(笑)加えて初めて味のある映画ができると思います。


どこまでが紛れもないその人なのかか、どこまでが認知症なのか、素人目では判断がつきません。まして幸せかどうかなんて、わかりはしない。


不幸でないことが幸せなら、衣食住が与えられているここの住人は、「幸せ」だとみみずくは思う。しかし「親族から見放されて」という条件なんかがついたりすると「不幸」なのかなとも思う。わからない。


認知症であれ、精神障害であれ、さらには健常なのひとであれ、他人の立場からすれば幸せにもみえるし不幸にもみえる。ただそこで大事だなあ、と思うのは、たとえ認知症や老化が進んで言葉すら発することが困難になっても、その人の表情の微細な変化やささいなしぐさで、感情や意思は読みとれるということです。「幸せ」かどうかはわからなくても、悲しいとか寂しいとか、うれしいとか楽しいとか調子が悪いとかいいとか、快適か不快かはわかる。

それを頼りに介護していくほか、ないのかもしれません。

眠れない恐怖

2009年9月3日

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朝から夜まで働き、鉛のように重く疲れきっているはずなのに、もう五時間たつ。寝返りをうちはじめてから…


(なぜ 眠れない…!?)


(眠れないなら、思いきって本を読むなりすればいいのに、眠ることばかりに神経を使った……だからどんどん眠りから遠ざかっていくんだ……)


闇のなか、無意識に自分の生きてきた道のりのあら探しをしていた。そうしていると、同じように眠れず、病院から脱走することを考えていた病床の自分と重なっていった。


(あのときの不安の底に、また、陥るんじゃないか)


背筋がぞくぞくする……

怖い。


となりに誰かいる?


だれもいない。


いま誰の為に 生きてる?


はっきりしない。


死ぬことより、いま生きてることがはるかに怖い……、そう思える夜だった。


精神的な休みが必要だ。

すし祭り

2009年8月30日

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明日企画されていたその名も「x棟すし祭り」は、台風11号の直撃が予想されるため影響で中止となった。残念半分、ほっとしたというのが偽りのないみみずくの気持ちである。

予定では、x棟のスタッフ総出で8人の入居を、リフト車をつかい街の回転寿司チェーンにお連れする、という大企画。


大企画と書いたが、認知症をもつ8人を、しかもほぼ寝たきりに近い方を含む8人が外食に出かけるというのは、当たり前のようで、とてつもなくオオゴトである。


バリアフリーが進んでいるのは公共機関施設。グループホームの外へ一歩でれば、そこは健常者の闊歩する社会。「お年寄り」「高齢者」ならとにかく「+認知症」の現実は、知られているより知られていない。映画やドラマ、フィクションではない。現実である。

さて、そもそもグループホームから入居者が揃って外にでること自体、なかなかないことだ。


人権侵害なんてまさか言われないだろうがホームは、フェンスと鍵のかかった門に閉ざされている。万一、徘徊を見過ごし外に出られたら命に関わるからである。


しかし、かつての職員はすごいもので、かつてディズニーランドまで出かけた話を聞いた。高齢者福祉パスを提示して長蛇の列をスルー、先頭にたったものの、とうのご入居は「こ〜ろ〜さ〜れ〜る〜」と大パニックに陥って大変だったという。いざアトラクションに入るとけっこう楽しまれていたとか……その後ホームで長寿を全うした顔の知れない一老婆の話を聞いて、余生にてそんな体験ができるということは奇跡であるとみみずくは思った。


回転寿司ごとき、まだまだかもしれない。

この「すし祭り」。誰も楽しみにはしていない。話しても五分後には忘れてしまうから。しかし大切なのは、<<外にでて皆と寿司を食べる瞬間の幸せ>>だと思う。


忘れることはそれほど重要なことではないのかも知れない。


明日は、出前で"すし祭り"だ。

信州に帰りたい夜

2009年8月27日

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夕方、交通事故にあった祖母の見舞いにいった。大腿部損傷、肋骨にひびがはいっていたものの口数は多く元気そうであった。幸いである。


ブロック注射なるものが効き、大手術は年齢的にリスクが高いことから見送りになったとの由。


事故当時、祖母は青信号を横断していた。そこへ右折の車が進入し、衝突。


バス停にいた目撃者によれば、加害者は高齢者で、事故後しばらく車の外にでてこない。救助要請もせず、血だらけの祖母に対して土下座をして謝っていたので見かねて119へ連絡したという。


交番の目の前であったが警官はおらず、遅れてやってきたらしい警察の調書は住所も名前も間違いだらけ、いい加減極まりないものであった。


みみずくの叔父が警察に電話し、事故にあたった警官は定時にさっさと帰宅し、担当者がいないので対応できない旨を聞き激怒。あなたじゃ話にならない、と巡査部長まで呼び出し謝罪させていた。普段ユーモア溢れる穏やかな叔父の戦う姿を見た。


今月はみみずくの周囲でいろいろことがありすぎた。気づけば 秋もちかく、虫たちの鳴き声が聞こえる。


こんな夜半は信州に帰りたいと思う。楽しかったり、悲しかったり、さまざまな思い出が蘇ってくる。みんな、いま元気にやっているだろうか。

養子縁組み

2009年8月26日

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先日保護したメジロのヒナは朝日が昇るとともに藤かごのなかで元気よく鳴きだした。


それを聞きつけたメジロのつがいが網戸のすぐ近くまで来てさえずっている。まるで雛に話かけるように。みみずくが以前庭で餌付けして可愛がっていたつがいかどうかはわからない。


みみずく、大空に向かって網戸を開け放つと、三匹は一斉に飛び立ち、電線にとまり、ぴーちくと会話を交わしていた。


そしてどこかへ飛んでいった。


我が子として、育ててくれるのだろうか。そう信じたい。鳥にも愛情がある。


ヒナが戻ってきて欲しいという寂しさ半面、これで良かったと思う。


こうして一匹の雛の命は助かった。


みみずくはまたひとりになって、網戸を閉め、仕事に向かった。

社会福祉法人の苦しさ

2009年8月23日

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社会福祉法人は、利益を上げることはできない。利益は社会に還元しなければならない。そのため国からの助成があり、つぶれないイメージがあるが実質は企業と何ら変わりない。いつ経営に失敗し倒産するかもわからない。


何人かの職員が法定時間を超える勢いで労働していたるため、(実質は休憩時間がほぼなく、ボランティア残業をする人もあり、既に超えていると思われる)、今月末はみみずくが交代して埋めて働くことになっている。

タイムカードに退出記録をつけたあと、猛然と昼間の介護をつづける夜勤者さんがいる。もちろん昼間は無給料。連続、二十時間働いていることになる。神様だと思う。


みみずくでさえひかえめにいって、8月中まともに休めた日は1日もない。過去精神面で失敗しただけに、自分を崩壊させる臨界点を越えないよう、ギリギリの線引きをしている。


幸い夜は眠れる。主治医は睡眠時間だけは削るなといわれており、眠れなくなったら、辞めるつもりであるがまだ大丈夫だ。


世の中で介護の労働環境は厳しい方に入るとは思うが、世の中をあまり知らないので、比べようがない。これまでみたもっとも大変な仕事は、みみずくの教育実習の指導教官であった。毎夜徹夜で、時に教室に泊まりこみ、研究を半ば強いられていた。すべてが必要かは疑問であったが、その教師の熱意たるや、これも神様であった。


さて、来週に迫った選挙でなにが、かわるのか。どこに投票すべきか、同年代には真剣に考えて欲しい。

メジロの保護? それとも介護?

2009年8月22日

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祖母がおととい交通事故にあい、今日の検査で腰を骨折していることが判明した。相手は年上の老人・・・。2ヶ月の入院となる。おそらく退院後も車イス生活を強いられる。


「(うちのグループホームに)空きがあるから入ってもいいよ」とみみずくの先輩職員。


丁重におことわりする。



なぜって? 身内の介護には、なぜか自信がないのだ。


夕方、調理担当でひとり台所でてんやわんやしていたら(・・・九人のご入居に三人職員がいるのに、その場にいたのはみみずく一人。タバコ休憩の二人の職員に声掛けする。「ちょっと1人では見切れないので!!!!(新人残して二人同時に休憩しないでください!)」 調理しながら、九人全員に目を向けることはできない。視角的にも、心理的余裕においてもみみずくには見ることはできない・・・




それはさておき、夕食後リーダーがベランダに小鳥の雛が落ちていのを発見した。



部屋の中にいれると、突然飛び立ち、冷蔵庫の下にもぐりこむ。三十分ライトで照らして探したがみつからない。冷蔵庫の下はかなり暑くなっている。ご入居優先であることを気にしつつ、日勤のタイムカードを押していることに自信を持ち、みみずjくは救助に当たる。よく猫ちゃんが木にのぼったままおりられなくなり、レスキュー隊がきたりする映像をみるが、小鳥はどうか。夜勤者の女性と、「さすがに救急車は呼べないと」いう話になり、リーダーが奮闘、冷蔵庫をもちあげ救出とあいなった。


そうしてこの小鳥さんは、いま うちにいる。帰り際ペットショップのお兄さんに相談してみた。メジロのようだ。野生なので飼うことは罪になるらしい。 けれども親切に、餌づけの方法を教わった。教えてもらった方法で粟粒を煮て、食べさせいまは、みみずくの部屋ですやすや寝ている。まんまると。


かわ。いそうだから外に逃がせばと、多くの職場の人はいっていた。しかし外に落ちているこの子は猫に食べられるかアリにかみ殺されるかのどちらかであった。自然の摂理とはいえない。ここは住宅地の密集したコンクリの街である。その影響はないとはいえない。


この子は生きそうだ、とみみずくは思った。

森へ帰れるように、自律できるまで面倒をみよう・・・


「ここはミキサー食も作れるわけだし、小鳥の介護もいいんじゃない?」「もってかえってペットショップでみてもらって。お金は分担で払うから」と夜勤さんはいった。優しい人だと思った。優しい人は、かならず人一倍つらい経験をもっている。みみずくはそう思う。


かくてみみずくは、この子の保護者となった。

二次試験

2009年8月21日

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石川町のみなと総合高校にて実技試験。中華街のいりぐちにある。

ピアノだと思っていた。試験はオルガンであった。ペダルを上げ下げしたら音がでなくて頭まっしろ。ありゃ音量調節のペダルだ。あっというまに試験終了。ほかの受験者はみなうまかった。すべて男。


水泳。無事反対岸にたどり着く。


午後は場所をかえ個人面接。事前に書く面接カード、部活のところに合気道とかいたのはいいが誤って「実績」の欄に(途中で師範に暴言をはかれ半年で挫折)と余計なことをかいたいた。


ユーモアで通したつもりがつっこまれる。もしそれが学校の上司だったらあなたはどうするの?
もっともな質問に納得。試験官を誉めるべきである。どっちが面接者だ。


そのほかモンスターペアレントの対処、事故対応、大なわとび大会足を引っ張り仲間から阻害されつつある女の子の対処をロールプレイングするなど。面接室で子どものなかに入ってなわとびをする教師の仕草をしてたら、面接官は口をあけてみていた。直後説明をもとめられたのはいうまでもない。


集団面接ではくじで模擬授業者が決まるものと思っていたら、全員であった。テーマは 1日本語、2ボランティア、3住居 三分構想でなにができる? みみずくは日本語を選択し二年生国語として「敬語」の授業をしてみた。


集団面接で保護者が試験官の女性二人が入っていた。厳しい目つきで怖かった。真剣なのはわかるが、にこりともしない。この人こそモンスターではないかと疑ってしまうくらい冷たい感じの人だった。個人的な感想であるが。


その保護者のひとりから全員に「自分の授業に得点をつけるとしたら?」きかれる。


みなは<七十点>以上をあげた。みみずくは<二十点>とした。たかが三分、なんの教材準備もしないで、七十点の授業ができるものか。もしできるなら、誰だって教師になれる。みみずくはひねくれ者だった。

しかし周りの受験者はみないい人で親切かつ話やすい人たちであった。このなかで誰かが落ちるとは思えないほどみな堂々としていた。


みみずくは、今回は受からないと思うが、どっちにしても彼らが教師になれば、日本の教育は安泰だ。


面白い1日だった。


明日から仕事。

交通事故

2009年8月20日

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祖母が車にはねられたという連絡がきた。風呂場のなかで…


職場を離脱し10キロはなれた病院へカブで向かう。

血だらけだが意識はあり、骨折もなく。不幸中の幸い。良かった……


明日は試験だが、うちはいま混乱している。

試験前前夜に思うこと

2009年8月19日

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今日も介助、介助にあけくれる。介護などといえば生易しい。一歩間違えれば転倒、すなわち死。目を離せない戦場である。法定の「一時間」の休憩時間は権利だが、よほど図太い人でなければ権利を履行することはできない。そういう職員は、しかしここにはいない。みなタイムカードを押したあと、一時間でも二時間でも残業するような、人たちである。


明後日は採用試験二次。なにも準備していない。ピアノもまだ引けていない。隣接するデイサービスにピアノがあるが、8時すぎても会議をしているので使えなかった。今年の試験は無理そうだ。一次を通っただけで、奇跡だったんだ。


しかし、夜帰宅して過去問をちら見する。<「福祉と子ども、高齢者」について述べなさい>


……高齢者ってなんだい? 自立しているお年寄り?それとも要介護5以上で認知症かつ精神疾患、慢性的な病気を抱えるお年寄りのこと?


夏休みでデイサービスにくる職員の子どもは、控え室で任天堂DS、公文式ドリルをほうりなげ、駄菓子を食べている。


なにもいわなければそのままだが、声がけすればちがう。小学一年の女の子に、庭にさく花を摘んで花瓶にいけて、あのおばあちゃんに渡してといえば、そうしてくれる。

そうしたときの顔は恥ずかしそうで、でも嬉しそうだった。


そんな現実を面接で聞かれて述べたとして相手はいわば教育官僚。専門家であるとも、介護の経験はない。


模範回答なんていえない。模範回答をいえばうかる試験なんて受けたくもない。


ずっといまの仕事をつづける。

盆すぎて

2009年8月17日

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盆をすぎた。迎え火も送り火も、墓参りも何一つできなかった忙しい夏だった。


横浜でも虫たちの合唱がはじまる季節に入る。


鈴虫松虫の音を聞くと、信州の学生寮で過ごした秋の夜半を思いだす。


あっという間の秋をすぎ厳しい冬に入っても、いくつかはまだ生き残り、そんな彼らは切ないくらい美しく鳴き、冷気のなか澄みきったその音色は幽玄ですらあった。


去年のいまころは、権堂にある古い喫茶店で働いた。お盆中はあの世からの常連客もいっぱいいるらしく、店は静かでも賑やかであった。あのとき流れていた昔の映画のサントラがいまも耳に焼き付いている。お客様は風俗店で働いていると思われる中国人が多かった。

一年たって、今日も明日も、仕事場に通う毎日。コーヒーは結局いれられなかったが、介護や料理は少しずつ要領よくなってきた。

サマーキャンプ

2009年8月11日

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8月6日から9日まで、長野県で子どもキャンプに参加した。


「サマーキャンプ IN KISOGAWA 2009」


12人の子どもたちと、カレーを作ったり、山を歩いたり、地元のお年寄りからわらじを教わったり。


大学1年から始めたこのキャンプ。
リーダーは三回目。


何回やっても難しい。


でも、子どもたちは一人ひとり輝いていて、それを見るのが楽しい。



社会人1年目の、短い短い夏休みが終わった。

うかってまった

2009年8月6日

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入浴介助をしていると家人から電話。


教員採用試験 一次は合格とのこと。


あ〜一夜ずけでうかってしまった。 21日の試験に備えて電子キーボードを買って練習しなくちゃ。

明日は長野味噌川でサマキャン。 子ども12人のリーダー。4日間。

21世紀の技術

2009年8月4日

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http://www.honda.co.jp/SUPERCUB/supercub110/

帰り際、スーパーカブの最新モデルを見つけた。ついに110ccか・・・・・・原動機付き自転車の最高峰。本田技研。

ここに泊まっていいんですか

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新しいx棟での3日目の仕事。介護度の平均は3~4。
大学で教育学を学んだが、介護学は未知の分野。

認知症のご入居者が不穏になるとき発する言葉は、3通りある、そう今日は実感した。


ご入居「今晩ここに泊まっていいんですか?」 


ご入居「こえから私はどうすればいいの?」 


ご入居「娘(息子)は大丈夫? ウチが心配だ」


<現在への不安>、<将来への不安>、<過去への不安>だ。


認知症は、手っ取り早く言うと脳が萎縮していくこと。一分前にいったことを忘れる。子どもの名前も忘れる。満腹も忘れる。おしっこをするのも忘れる。何かを探し徘徊する。物を壊す。壁のコンセントからなにからなにまで。


老いれば、どんなに優秀な人であるとも、どんなに実績を上げた人でも、認知症になる可能性はゼロではない。あなたもだ。


「帰る!帰らなくちゃ!」もう何度もいわれ


みみずく「いまは雨がざあざあ降ってるから帰るのは大変だよ」


みみずく「夕ご飯を食べてから帰ろうね」


みみずく「ここが〇〇さのおうちなんだよ」


みみずく「僕がずっといますから、安心してね!!!」



嘘をつく。だます。致し方ない。それが、しかし、この方たちの幸せにつながるとだと信じて。



いま、みみずくがやっていることが、間違いではないという確証がある。


それは、一人も例外はない、「笑顔」を見せてくださること。

7月最後、涙す

2009年7月31日

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本日α棟最後の勤務。
夕方まで順調、夕方からミスを連発する。


風呂の湯が少なかったということで、ご入居より激しく叱責される。


職員から叱られるのは毎日だが、ご入居からこんなにも激しく怒られるのは最初で最期だった。


あんなにみみずく、泣いて頭をさげる。最後の最後で……厳しい洗礼ということか……


明日からは、次元の異なるX棟勤務。介護度3、4、5。かなり厳しいらしい。情報収集のためまた残業。


次元が異なるとはいえ、みみずく、精神病院経験者、多少のことでは驚かないつもりではいるが。

……帰宅すると木曽川サマーキャンプの班員12人の子どもの調査書が届いていた。


手元に今日もらったX棟の9人の老婆の調査書と並べると21人。ドサッと封筒にはいっている。


みみずくの錆びた頭で21人を解析しているが、さっぱり、予想がつかない。


8月は正念場だ。

死なないで生きて

2009年7月30日

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夜8時に遅番業務を終え、夜勤者と交代したあと、来月から勤務するX棟へ向かった。情報収集というより、気持ちの準備のためといった方が正確だ。


X棟ではターミナルで戻って今日退院してこられたご入居が生死をさまよったあとだった。一時はサチュレーション75まで低下していたが、その時点でみみずくが測ってみると95に回復していた。もう夜も遅い。


意識はないようで、しかし手を握ると、トントンとリズムを刻んだ。声かけする「来月からX棟に勤務のみみずくです!よろしく願います!」意識は、ある。


(みみずくの祖父が一年の植物状態をへて、みみずくが手を握って帰った番に亡くなったのを思いだしてしまう)


はじめてあったひとが、最期を迎えつつある人だなんて。人生のすれ違い……


どうか、もすこしだけ生きてください。

terminal care

2009年7月27日

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「ターミナル」"terminal"=「終着」、てんじて「人生の終末期 」


"terminal care" =≒回復の見込みのない疾患の末期に、苦痛をやわらげ、精神的な平安を与えるようにする介護


8月から移動で別の棟のグループホームにいく。入居者の介護度は格段に上がる。4以上は普通かもしれない。いまの棟の平均は2〜3である。それでも必死だ。


まだ試用期間のみみずく、この配置替えに、脆弱な神経がもつかどうか。

新しい棟では終末期を迎えた入居者が退院して戻ってくるという。明日、看護士から吸引機の使い方をレクチャーをうける。どんな講義よりも必死だ。


アルバイトと思って、はじめた仕事。コンビニより安い時給850円の仕事。しかしそんなことはもう、どうでもいい。福祉の仕事は、世間から偏見の目で蔑まれることが多い。曰わく、「汚い、臭い」、曰わく「ボケ老人の世話」。「よくやるね、優しんだね」

みな人は老いる。老いれば助けがいる。この仕事は命と尊厳に関わる神聖な仕事だ。……はじめは考えもしなかったけれど。


「私」が 時代を生き抜いた人を、最期のサポートする。苦痛をとりのぞき、少しでも、楽になるように。尊厳をもったまま最期を迎えるために。


「月夜のみみずく」が一緒にいる。だから大丈夫だよ! そう、いってあげられずに露と消えた人を思う。いつも。

最悪の事態を想定して

2009年7月25日

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夜勤のあいだ、水銀血圧計による血圧測定、血中酸素濃度の測定方法、緊急時の連絡について勉強した。血中酸素を測るサチュレーション(SpO2)に関しては、みみずくが喘息なので使ったことがあった。 これは指にクリップを挟む要領で簡単に測定できる。


水銀血圧計は、独学で自分で自分をはかってみた。まだかなり怪しい。しばらくは機械に委ねるとする。


気道の確保や心肺停止した際の蘇生の方法は、これまでなんども練習した。が、これまで実践した経験は幸いにしてない。それに、老いたる人の場合、すでに冷たくなって発見される場合も少なくないらしい。


老衰死を事前に知る方法はない。考えようによっては、人間のもっとも自然な死に方かもしれない。

検死は当然医師に委ねるが、明らかに呼吸も脈もなく、瞳孔が開いていれば、救急車を呼んではいけないと教わった。病院で亡くなったことになり、遺族から責められることがあるから、らしい。(後日談:逆になぜ救急車をよばなかった! と責められる場合もあるという。日ごろの家族との意思疎通が肝要)


昨日まで元気だった人が、亡くなるという状況をまえにみみずくははたして冷静でいられるだろうか……

はじめての夜勤

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はじめての夜勤……
6時から翌朝8時までの勤務。外は闇、雨の音。


夜の仕事場は静かで、いつもとちがった感じがする。


介護はひととおり覚えた。でも事故が起きたらどうしよう、急病がでたらどうしよう。


今晩は先輩が一緒なのでなんとしても、覚えないと。


時刻は、平穏なまま1時を過ぎた。

災害の予見

2009年7月23日

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嵐がくるまえに、動物たちは早々と退避行動にうつる。


近代以降、人間は、自然と隔離された、あるいは排除した生活のなかで、感性や感覚が鈍くなった。気象予報がいくら発展しても、それを生かすことができないために、毎年多くの人が亡くなる。

このたびの北海道トムラウシでの遭難事故は、危険の予兆がありすぎたのに、それを無視した、あるいは無視せざるをえなかったために、残念な結果となった。


どちらにしろ自然を甘く見過ぎてしまった結果だ。だれを責めることもできないが、だれかが責任をとるのがこの社会のきまりだ。


結果的に誤った判断をし、生きのこったガイドや企画会社の人たちは、今どんな気持ちでいるのだろう。また、自分が生きるために、力つきた人を登山道に置いていかざるをえなかった人たちは、いま、どんな気持ちでいるのだろう。


その場にいなければわからないとはいえ、極限状態に陥ったとき、はじめてむき出しになったおのれの本性に、このさき苦むであろうことは、容易に察しがつく。


みみずくだったらどうしていただろう。やっぱり自分だけ助かるべく下山するのだろうか?


あなたならどうするか。

さて、昨日の日食の際は、異様に鳥たちが騒いでいた。ここは横浜だが、やや薄暗くなった曇天の空を、カラスやキジたちが落ち着かず、不安そうに鳴いていた。庭に珍しくキジが舞い降り、周囲の様子をうかがっていた。まるで嵐か地震かが迫っているように、不吉な印象をうけた。


日々、身の回りの生命の変化に敏感であるべきだ。人間の感覚を超越した動物たちの予感と行動は、往々にして、人間を災害から助う。


このこともあわせて 頭に入れておかなくちゃいけない大切なことだと、みみずくは思う。自分も周りも助かりたいのであれば。

仕事雑記 グループホームのこと

2009年7月19日

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グループホームでの仕事は、掃除、洗濯、朝昼夕の調理、買い物などの日常的な家事援助をはじめ、バイタルチェック、薬の管理、服薬介助、排泄介助、入浴介助、更衣介助、簡単な処置、転倒の危険があるかたの見守り、水分摂取や食事摂取量、入居者の日常の記録、体操や音楽、簡単なレクをしたり、散歩などに付き添ったりと多岐にわたる。


週5勤務で1日あたり8時間労働だが、休憩の時間がほとんどとれないので、実際は9時労働ということになる。


介護度の高いかたが他所で入院しているため、ここ二週間は、それでも余裕があった。


入居者9対職員3人というのは、グループホームとしては恵まれた環境なのだという。三人いる職員のうち、例えば一人が調理、一人が入浴介助となれば、もう一人は動けない。一瞬目をはなすことが、転倒の危険につながってしまうからだ。


入居者の人権は最大限尊重され、決して拘束したりということはない。いわゆる認知症が重く、徘徊する人があれば、時間が許す限り1対1でそのかたの赴くままに付き添う。


また老人ホームによくある、幼稚園の壁面構成のようなものはない。入居者は子どもではないし、ここは一種の「家」なのだから。


みみずくがおりにふれて思い出すのは、地方の精神病院だ。そこはようするに鉄格子つきの姨捨山で、親族から見放された高齢者が薬づけにされて、拘束されたり、鎮静剤を打たれて窓のない保護室(むかしでいう独房)にほうりこまれたりしていた。たとえば明け方まで睡眠薬を深夜にばかすか飲んで、翌朝6時に起床し、半強制的に体操をさせられる。退院するか、死ぬまで、ずっとそうである。


それに比べれば、ずっとここは良い環境だし、そうでなければならない。

ジベタリアン

2009年7月18日

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深夜、あろうことかみみずくの住処の真下で、地べたに座った若い女たちがいつまでも、携帯片手にくっちゃべって、けたたましい笑い声をたてている。


犬は吠えまくっている。


明日は早番なのにうるさくて眠れない。


したがってみみずく、イライラする。


(ったくどこの親が教育したんじゃ。ハマの義務教育はそんなもんか。それとも、週末の深夜、住宅地のど真ん中でだべらなきゃいけないほど、日頃社会に抑圧されてるのか、云々)


夜中に騒がしいのは、おそらく一般人の多くがイライラを感じやすい状況であり、SSRIはこの際関係ない。


今日の読売新聞によれば今日いらいらしている若者が多いという。自他共に歪んでいる。

素行不良は恥の元

2009年7月17日

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ちまたでは「プリウス」などハイブリット車のエンジン音が静か過ぎて、逆に問題になっているというが。

みみずくは、音ではなく、排気効率が向上するという噂を聞き、リトルカブにメーカーの不明の「ボンバーマフラー」をとりつけてみた。


普通ならすとととと・・・・・と上品に走るカブが、


ぶぉ〜んずごばばば!」と始動加速し、減速すると「ヴォー〜ン」という低重音を響かせるようになった。うぬ、小気味良い…


原付のなかでも最も静かな部類に入るホンダ技研のカブが、マフラーを変えただけで、こんなにも豹変するとは…


しかしだ。多少うるさくてもそれなりの馬力や排気量があれば、まあ理解できるものの、みみずくのカブは排気量49cc、くたびれかけた年代車で低重音を響かせてひとり悦に入っているのはどうなのか。


さらに、こんな音を出して閑静な住宅地のグループホームに出勤したら、たちどころに、ご老人の二、三人が心臓発作を起こすばかりでなく、近所から苦情がきて、大変なことになると思い、手前から押して歩いた。


おまけに仕事のあと、キックペダルが干渉して 外してみたら元に戻らなくなり、スパナ片手に暗闇の駐車場で格闘。


帰りぎわの職場の人たちに「故障したの? おうちはどこ? 帰れるの?」と声をかけられ、大恥をかいた。


中身の無い見栄は はってはいけない。

かえるのしょんべん

2009年7月13日

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夜、庭で煙草を吸っていると、暗闇のなか、がさごそと音がする。


手のひら大の大きなかえる。ウシガエルか(後日、ヒキガエルの仲間らしいことが判明した)。数年前からどうやら同じ個体が住み着き、ここ数日 毎晩庭の同じところを一匹でうろうろしている。鳴かないところをみると、メスだろうか?


こんなところに結婚相手はいないだろうよ。仲介してあげようか?


それにしても実におまぬけな顔をしている。動作ものろま。持ち上げてもぼけ〜っとしている。


動物愛護法に反さない範囲で、ひっくり返してからかっていたら、ぴょーっと大量のしょんべんをしやがった。


かの有名な「かえるのしょんべん」……


そうこうしているうちに藪蚊に10カ所以上もさされ、退散。食われる蚊は、カエルに味方した。


まぬけなのは、こっちかもしれない。

横浜市教員採用試験 受かれば言わないあれこれ

2009年7月12日

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スーツ姿のうら若きオトコ・オトメが会場の大学を埋めつくしていた。そしてちらほら、中年男女の混じっていた。これが不況のせいでないとはいえない。

ライバルたちの様子を、ハゲタカのような目つきで伺う。おびえたねずみのように背中を丸めて。

……髪をいじくる長髪・ボサ髪の男がいると思えば、携帯と鏡を手ばなさない女、鳥の巣のような禿あたまをしたまるで寝起きみたいなおっさん……


みみずく(この人たちも、教師になろうとしているのかぁ…見た目で人は何割といったっけ……)

                       *  *  *

さて肝心の試験の内容だが、「教職・一般教養」、「専門教養」ともに、過去問の延長線上、つまりは際立つ問題もなかった。すべては知っているかいないか。暗記と忍耐の試験である。簡単ともいえぬ、難しいともいえぬ、河合塾の模試を受けているような感じである。唯一、お金がかからのが良心的といえる。

みみずくは、いつもはあたる第六感で、新しく小学校に導入されつつある「外国語教育」にヤマをかけ、前日にまる暗記していたら見事に一文字もでなかった。横浜は異文化交流の地ではなかったか!

最後の「論文試験B」


「反抗的な態度を示す児童に対する教師(あなた)の姿勢と指導を、<信頼される教師>という観点から述べよ」

というような、みたいな作文のような内容であった。


みみずくは

<……どだい教師も人間、たやすく信頼などしてはいけない……>
<……反抗は健全な発達過程上必要不可欠不可避なり……>


と書きそうになるのをこらえ、非現実な、しかしよくありそうな文章で紙面を埋めん、と四苦八苦していたら、校正する時間もなくなり、よくわからん文章になってしまった。


結局、

一番重要な姿勢は教師がまずが子どもを信頼することであるのであるのだ!」


などと、さも偉そうな台詞で締めくくったが、試験が終わってみると、なんだか自分がひどくつまらない人間に思えてきた。 「信頼」なんて……同じ釜の飯を食って、金タマみせあって、安酒のんで、翌朝ゲロはきながら試験をうけた友人くらいにしか見いだせない。

もしかしたら……いや、たぶん今年はダメだろう。

万一、受かったとしたら、この試験が一夜漬けで通れる程度のシロモノ。

以上、試験ができりゃこんなことは言わない、不遜きわまりない月夜のみみずくの愚痴でした。

横浜市の皆さん、こんなんですみません。努力します。

長野県庁での思い出

2009年7月11日

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大学在学中、公立小学校の理科の授業のサポートをする、理科支援員というのをやっていた時期があった。市内のいくつかの小学校に派遣され、予備実験や、授業者と協力をするのが主な仕事だったが、最後に行った小学校は、主に、「理科準備室」の整備整頓が仕事だった。


職員室にいくと、職員の椅子ピーチという名前のに猫が、居眠りをしていた。
クラスになじめない子どもがいて、仕事中なのに一緒に池でめだかを捕まえたり、準備室で、面白い実験をしたりして遊んだりもした。その子は、よく準備室に遊びに来るようになった。


しかし、うつ病がひどくなってきて、月夜のみみずくは無断欠勤をするようになってしまった。そうこうしているうちに、仕事の継続のため県の教育事務所に呼ばれ、気が重い中、県の教育事務所に赴いたのである。

そこで、面接をしたのだが、無断欠勤のことがやはり伝わっているようだった。当然、責められることは覚悟していたが、そういうことはなく、面接が終わった後、みみずくは、お昼ごはんをご馳走になったのであった。

そこで、事務所のひと(たぶんかなり職位の高い人?)が、カレーライスをおごってくれたのを覚えている。自分の知り合いにも、大変な時期があったが、今はなんとか仕事をしているから、あせらないで大丈夫、とみみずくの体調のことを、心配してくださったのだった。今度うちに遊びにおいでともおっしゃり、みみずくは恐縮してしまった。一介の教育大生にこんなにかまってくださる、教育委員会の人もいるのだと思っておどろいた。

たまに思い出して、受けた恩は、これから誰かに返していかなくちゃとおもう。


あすは横浜市の教員採用試験。

教員採用試験および尿検査についての考察

2009年7月10日

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あるひとが


「あたし、こんなに薬飲んで大丈夫なの?」


といったので


「僕は毎日この倍以上、飲んで、生きてます」


と答えた。


……類似体験は共感的理解に資する?


カウンセリングの基本をまる暗記中、こんなことを思いだし、勉強ははかどらない。
*********************


それはさておき、採用試験が日曜日にせまった。というより気がつけばせまっていた。


試験など、これまでごまんと受けてきたが、何度受けてもいやなものである。


みみずくけだし、尿検査みたいに、さっさと終わればいいのだ。受験者を列に並べて、その場で合否をだしてくれたらと妄想する。尿検査はインチキで容器にウーロン茶を入れても通るという噂もあるが、さすがにオレンジジュースや牛乳は通さないだろう。


試験も同じではないか!完全ではないのだ。受かってもダメな教員はいる。


だから採用試験も尿検査くらいの簡易かつ画期的な代替方法が見つかれば、いいのだ……


と、バカなことを考えつつ、一週間前から腹痛を起こしている。試験のまえに検査が必要かも知れぬ。

後悔のないよう生きたい

2009年7月9日

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週末の採用試験の準備をすべく、4日の休みをもらった。


今日はその貴重な1日目。なにをしたかというと、疲弊してひっくりかえって夕方まで寝ていた。これで受かろうと思っているからおめでたい。油断を通り越している。


噂によれば採用試験のために大学と予備校を往復したり(!)、一年がかりで通信教育を受ける強者もいる。地道に日常の隙間を縫って独学する者もいる。


みみずくは、山勘と短期記憶を駆使し、(二時間の筆記と論文試験に)、一夜漬けで臨もうとしている。


もしかしたらこうして一年、一年、遅れて行くかもしれない。


甘い考えかもしれないが、しかし遅れれば遅れるほど、別の世の中を垣間見ることもできる。それに教育も福祉も人対人の仕事と捉えれば共通点も多いように思う。自分の力を、人生の「後輩」か、「大先輩」に捧げるかの違いだ。


焦燥が、毎夜悪夢に表れる。抑鬱が波のように押し寄せる。


それでも、ちゃんと根付いている。だから後悔はしない。

七夕の夜

2009年7月7日

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乱れた文字で書かれた「資料」を見ると、その人の連れは死んだらしい。。


自らの心を、固い殻で覆い守るかのように、(老いたる身ゆえの)視界の淀みが、連れの幻を、みせる。白い、まぼろし。幻覚。


夕餉の支度のころ、小さな童が2人いる、連れも、近くにいるという。連れが口をきかないけれど、暗くなるまでに一緒に帰りたいという。


人間の五感が知覚できるのは 自然科学でわかっているだけの(数値で表せる現象の、あるいは波長の)、さらにそのまた一部だとすると、あながち幻覚が幻といいきれるのかみみずくはわからなくなる。脳の萎縮が、すべての機能の低下を意味すると……いいきれるのか。


本当のことは言えない。といって場あたりの嘘をつくこともはばかる。生活を支え、養護するのが、いまのみみずく仕事。安給料でも、契約でも派遣でも臨時でもなんでも、責任はかわらない。


誰の脳の機能も心臓の鼓動も、すべての臓器細胞もいずれは衰え、やがて死ぬ。恒久的に消える。生きている人でそれを経験した人はいないのだから、若輩者のみみずくは、体の一部になったり、話を聴いて差し上げることしかできない。

仕事雑記

2009年7月4日

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体と頭が少しずつ、仕事に適応してきたように思う。


ただ、1日数回、まるでフリーズしたかのように思考が停止する瞬間がある。情報がおおすきて、回線がダウンしてしまうような……


例えば転倒のリスクが高い方の介助は、一秒目を離すと、それが命とりになるる。一人で仕事をしながら複数人を見守るのは、かなり神経を張り詰めさせる。

また職場特有の人間関係もこれまたむつかしい。<注意>と<叱責>のことばしか発しない<怖い>上司がいたりすると、自分の不足を改めるのにはいいが、行き過ぎるとささいな失敗が怖くなる。そして仕事の基準がその上司のご機嫌にそうようになってしまったら、それはもう意味のある労働とは言い難い。


どんな仕事も始めは素人なのだから先輩のすべてのことばを受けいれるべきなのだが、やがてその矛盾や、自分の意見と食い違いを見つける、それを建設的に表にだせるか?


無益な争い諍いを嫌うみみずくは「頭を下げて秀吉になるのが長期的にみて得策か」などと腹黒いことを考える。そう考えたほうが精神衛生上よい。


今日の時点でみみずくが内心思うこと。


・「叱るのは、人に嫌われるから、誉めるより難しい」とは限らない。


・「叱る」ことも「誉める」ことも一長一短あり。

・叱られるのは、気分のよいものではない。(…当たり前か)


・熟練にもある欠点=熟練ほど失敗は少ないが、熟練ほど視野が広くなるが、死角に気づきにくい。


・素人にもある利点=視野は狭いが、見えている角度については、慎重になる。失敗も多いが。


・人の成長は反省をしなくなった時点で停止する。


・他人の悪口・不満をその人のいないところでいいふらす人は信用しにくい。本人の前でいうのは潔いが、火花は多少散る。

*以上のことは、自分も含めて誰しもにあてはまると思う。


・介護は、自分が将来介護されることの前だおし。


・記憶を失うことは本人にとって計りしれない不安である。が、自らを守るためにも働く。


・短命=不幸とは限らない。長寿=幸福とも限らない。


・人の尊厳は、どんなことがあっても失わない。

・「花を生ける」というすなわち「花を枯らす」。たとえそれが美であっても個人的には野に咲く自然の花のほうが好きだ。野花は種になるが生け花は、枯れて終わりである。花は自然科学的にいえば人間のために咲くとは言えない。子孫をのこすためだ。

オカリナ

2009年7月2日

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仕事場にオカリナをもっていったのが役にたった。


夕方の調理の間、「うちに帰る」「娘が心配」と 不穏がのしかかった部屋。みみずくも、調理を間違え、少しいらいらしていた。なだめすかし、つまりは嘘をつくことはいくらでもできるかもしれない……


思いだしてオカリナを吹いてみた。


「ゆうやけこやけ」
「ふるさと」
「なだそうそう」
「君が代」
「茶つみ」
「おぼろ月夜」


みみずくがここに少し似た、自分の意思では外に出られなぬ鳥かごのなかにいたとき吹いていた曲を、吹いてみた。金網の張り巡らされた屋上。そこから北西の空に飯綱という信州の名山が見えた。


一緒にくちずさんでくださる人たちをみて、あのときのことは、まったく無駄なことじゃなかったと思える。七十歳も年が離れても、共有できる文化があるということ。日本という国の文化に自然と感謝の念を抱く。

髪を白くし、腰をまるめて、自分の子どもの名前すら忘れて……


やがてみみずくもたどるであろう道を先に歩む先輩たちに、自分にあるすべての善きものを捧げたい。


明日からも、精一杯やらなくちゃ。

福祉の現場の活気

2009年6月29日

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現場で介護・家事援助にあたっている職員は、子育てもひと段落、あるいはだいぶまえにおわった女性が多い。


ことばは悪いか元気のよいおばちゃんである。冗談をとばしまくり、とにかく強い。なんでもでき、たいていのことはわかっている。


みみずくは経験の浅いひよっこで、頻繁に失敗をする。昼食の焼きそばを作っていたら「こんなのじゃ関西人に殺されるよ」といわれ、本当に殺される思いがした。


管理職から経験が浅い新入りだからこそ見える欠点があるといわれるが、とてもみつからないし、あったとしてもみみずくには口にできない雰囲気である。


入居者の一人がみみずくにぼそっと「あまり勢いがあるのもね……」と漏らし、味方を得た気がした。活気がないのは困るがありすぎると周りがつかれる。鬱病患者がテレビでお笑いなんかが流れていると死にたくなるのと似ていはしないか。
老いてなお求めるのは活気ではなく、平穏ではないか。


自分の足りないところは素直に認める。それでもなお、意見があるのだとしたら、それは伝えるべきだと自分に言い聞かせ、ため息をつく。


お腹がいたい。

久しぶりの夢の話2

2009年6月24日

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今日の夢は「教員採用の筆記試験」であった。


みみずくは、一番右奥の薄くらい机。

問題用紙が配られる。


開始直前になって、やっと試験監督が用紙をもってきた。バケツいっぱい分の乱雑な書類の山を渡される。


み「え……なんで?」


試験がはじまる。周囲の受験者は猛スピードで鉛筆を走らせる。みみずくは、書類の山をかき分け、一問目を探すが、みつからない。


焦りが頂点に達したころ、やっと問題用紙らしき紙を発見。


み「……9次関数……多次元ベクトル……洗濯機数と漂白剤の関係を数式で表せ……なんじゃそりゃああー」


ああ……きっとこれは受験者を惑わす、いじわる問題だ。飛ばせ。


次の問題は文章題だった。しかし1日かかっても、読み切れなさそうな分量。

み「悪夢だ!  これはなにかの間違いだ、さもなくば間違いのなにかだ


時間はもはや終わりに近づき、ほかの受験者は、もうときおわったのか、別の会場にいってしまった。


試験監督「そんな問題も解けないんですか」


み「……」

     * * *

夢は現実とごっちゃになって、なにをか知らしめる。

久しぶりの夢の話

2009年6月23日

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夢は精神衛生上のバロメーターだとしたら、今朝みた夢は まさにレッドゾーンだった。以下、夢の話。

大人たちがみみずくを囲んで、なにか怖いことをされている。罵っているように聞こえる。気がつくとガラスと血があたりいちめんに飛散している。誰もいない空きビルの一室。からだ中にガラスが突き刺さっていて痛い。どうやら僕は暴れたようだった。次に僕は<生まれたばかりの赤ん坊>を盗んできて窓から放り出す。要するに殺してしまった。しばらくして電話が鳴った。その子を生んだ母親からだった。「子どもがいなくなって心配だ」といった。自責の念で死のうと思い、エレベーターに乗って屋上を目指した。二十二階でエレベーターは停止した。故障したのだろうか。急に死ぬことが怖くなって、狭い箱の中でガタガタ震えだす。狂った己の頭のほんの一握りの理性も消え果てた。その時、どこからか「どんなことがあっても死んではだめだ」という声が聞こえた。

……ホラー映画作家にでもなれそうな内容だ。せめて夢のなかくらいゆっくりさせてほしいのに……スティーブンキングは毎晩こんな夢をみてるんだろうか。


神様、平穏が来ますように、そう願いつつ、いまから寝る。

畑ちがい

2009年6月21日

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黙秘義務があるから仕事場のことを書くときは、気をつけないといけない。けれども書きたいことがたくさんある。これから書ことは、実在ではなく、「仮に」ということで書かせていただきます。現実に起こったことではありません。


今日で四日目の仕事場。介護の技術はまったくの素人のみみずく。


仕事場の先輩「君、大学、何学部だったの?」


みみずく「…教育学です」


先「あ〜、ダメだ。教育なんて、人を'教える'人間が介護なんて」


み「……」

思わず、「はい!」と答えそうになる。確かに、たかだか四年の教育学部生は、福祉の世界にいきなり飛びこんできて、心がまえも技術という点もまるで、通用しない。たとえ「ケプラーの楕円軌道」を数式にあらわせても、おむつは簡単に変えられない。


たとえ「ゆとり教育」ついて一時間言えても、ゆとりをもって、からだを移動させることはできない。


畑ちがいの人間。


みみずくは叱られると気落ちはするほうだ。自慢ではなく小さなとき、誉められてばかりで育ったから。


けれど、いつもより引きずらない気もする。


根っこは違っても、お日様に向かって生えるのは同じ!


と自分にいいきかせ明日も頑張りたい。

「明日の記憶」

2009年6月19日

昨晩、映画を立て続けに二本、観た。ユングの共時性は科学的には立証されていないけれども、適当に選んで借りてきた映画が二本とも、みみずくのいまの大きな疑問と重なった。

それは「記憶の喪失」という問題。

1 アルツハイマー病になって、次第に現実から乖離してゆく妻を殺害した刑事。その真の理由を探ってゆく物語。記憶を失うことは魂が滅ぶことなのか……『半落ち』


2 大企業企業戦士がある日、もの忘れが激しくなり、それから少しずつ記憶を失っていく姿があまりにも辛い。けれども……『明日の記憶』


みみずく、珍しく、誰かに観てほしいと思った。でもうまく言えない。ぜひ観てください!


映画というフィクションではあるけれど、ふたつの作品とも、誰しもが直面する大切な問題を抽出している。人間の肉体は生まれて十数年成長し、あとは衰退してゆく。医学はそれを遅らせることはできても、止めることはできない。それを自覚することで、もう一度、自分の価値観を見直せるのではないか。

記憶を失うこと、いいかえれば脳が萎縮していくこと、その人の尊厳が消えていくこととは違う。

心臓が止まること、脳が死ぬこと、いまちょうど盛んに議論されていることだが、それはあくまで人間の作りだす基準に過ぎない。だから不確実だ。


確かなことは、人は死んでも、時に生きているときと違ったかたちで、またはそれ以上の影響を世界に与えるということだと思う。今日の自分のたったひとつの〈ことば〉でも、世界は変わる。たとえそれが目に見えない僅かにであっても、明日の世界は変わる。

写真は『明日の記憶』から 現実から乖離しはじめた主人公が、自らの意識と意志で、入所施設に訪れたところ。

植物も人間も

2009年6月16日

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朝、庭のトマトとジャガイモ、マメたちに話かける。その時、うっかり一本を折ってしまった。


昨日今日と9時間働いて笑って、走って、怒られれて、へなへなになって夕方戻ると、なんと!折れたトマトが再生してくっついていた。


み「なんともはや…」


生きるのに必死な姿をみて、負けられないと思う。

入社とタヌキ

2009年6月15日

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健康診断で心電図に「所見あり」だったためか、施設の上司に再度面接のため呼ばれた。


念のため朝いちばんで、もう一度、内科にいく。右心房かどこかを流れる電流が遅いのだという。よくわからないが、みみずくの鼓動は、人類のそれとちがう、波形なのかもしれぬ。心臓に関して 情報を得た得たみみずくは、万全を期したと思い、面接に行った。


しかし勘違いしていた。一時間ちかい面接でわかったのは、この法人が要非常勤といえど採用に慎重だということ。


社としての、介護の姿勢や理念も伝えられ、そして、みみずくの精神面を仕事をする上で、差し支えがないか非常に気にしていた。


「とにかく、3ヶ月の雇用で、適性をみます。」

み「誠心誠意頑張ってみます。しかしながら意に添えず、役立たなかったら、いつでもクビにしてください!」

こんなことをいう労働者はどうかとあとから思ったが、とにかくこんどこそ採用になった。

さて、夜、家族が寝静まってから裏庭にでて、いつものように天国の人たちに、報告していると、突然、それに答えるかのようにいるはずのないタヌキ(!)が近づいてきた。


よく、人生の節目の時に、みみずくはいるはずのない珍しい動物をみることがある。


明日からどうなるか。タヌキはクンクン鼻をならして、なにもしゃへらずどこかへ消えていった。

蟻のお葬式 逗子の海

2009年6月13日

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図書館の中庭で、学習指導要領の文章とにらめっこをして一時間。


こういった法律の文章は固い。固い文章は、記憶に残らない。何の味わいも、書き手の表情も見えないからだ。ましてや目的が試験対策の暗記となってしまうと、それは火星語と書かれているとしか思えない。


だれもが納得しそうな理念に紛れ、国家の戦略や経済界の企てのようなものが透けて見えるような気もする。 (最近、言い訳ばかりのみみずく・・・)


気がつけば目線は、〈膝元の文字の羅列〉から、〈足元の蟻の行列〉にうつっていた。


君たちは、何もしらない僕ら人間に踏み潰されて死んだ仲間を、一生懸命、本当に一生懸命、巣に運んでいるね。


それは、悲しい虫たちの葬列。

あ、いかん。このままでは来月の試験に受からず、こちらが社会に踏み潰され、くたばってしまう。すでに30日をきり、もはや手遅れともいえるか。

だけれど、今日はずっと昔住んだ、逗子の海を見にいった。すこし元気。

肺に影 頭に靄

2009年6月12日

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親不孝になりたいなんていっていた自分……いちばんの親不孝は親より先に逝くこと。


今日は朝はやくから健康診断の結果をもらいにいった。普段は能弁な内科医だが…。


内科医「血液検査その外は全く問題ないんですが……」


みみずく「やっぱり、ここですか?(頭をさす)」


み「あ、その、パキシルなんて劇薬を毎日飲んでるので……」


内科医みみずくの言葉を遮り、おもむろにレントゲン写真を取り出した。

内「はっきりいいます。ここに影があります、大丈夫だとは思うんですが、レントゲンだけはどうも……紹介状を書きます」


内「そこで改めてCTで精密に調べてもらって下さい」


み「(肺に影……再検査……煙草……肺ガン……余命……)」


じつは一年前、長野で入院したとき、やはり同じところに影があり、半年後に再検査を受けるよう指示されていたのを思い出した。


この日、ある男がカブにまたがり、レントゲン写真を抱えて、市内のべ4カ所の病院をさ迷った。診察費もなくなり、悲壮な顔はまさに病人であった。


結果は忘れた。
誰しも、一年先、いや、明日生きているのかだって不確定なのだ。

今日の夕方から施設で働く。

両親のとの口論

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父母に、施設で働くための保証人の印を押してもらう。


その間小言、文句、を絶え間なく言われる。そんなにだめ人間なんだろうか。そんなに家族に迷惑かけているのだろうか。まるで「価値のない人間は死ね」と言われているかのように聞こえた。なんでここにいる?
ともいわれた。


苛立ちがつのる。やるせなさも募る。けれども黙っている。印を押してもらわないと施設ではたらけない。


親には主に資金面(!)でこれまでずっと支えられてきているけれど、その分、束縛も受けている。


距離をおきたかった。だから長野に四年間いた。なのに不本意に帰ってきてしまった。


まだ自立できないことが、苦しい。


親不孝になりたい。

みみずくの信仰と宗教

2009年6月10日

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昨日の朝刊でふと目に留まった記事があった。


この五年間でタイからの独立を求めるイスラム過激派が、教職員を100人以上殺害しているという。今年もすでに5人が銃殺されており、現地では軍が教職員の通勤に護衛をつけるという非常事態が続いている。公立学校も二百以上放火された。


タイは仏教従が95%を占めるが、マレーシア付近の数県では、イスラム教徒がほとんどを占め、子どもたちに仏教の価値観を教える教師が過激派に敵対視されているのだ。

一方ではこんな記事も。長野県では有名だがラブホテルには謎の看板「宇宙なんとか学会」というのがある……要するに、宗教のお布施ということで収益を得て、脱税しているのである。ラブホテルと宇宙と、何の関係があるんじゃ。


神は存在しない。少なくとも人間のためには。
殺人の為に、私利私欲の為に宗教がある。


嘘だ。神など存在しない。少なくとも人間の思い描くような。


みみずくは、じつは信仰をもっている。それは科学だ。科学は科学でも核兵器を作るような応用科学ではない。森羅万象を探求する自然科学だ。


日本人は治安が悪いようで世界と比較すると、まだいいほうだ。監視国家のなかで国民は平和ボケしている。戦争や飢餓、災害、疫病の危機は間近にある。


みみずくの信じる「宗教」つまり自然科学の探求のさきに「神」がいるのだとしたら、「神」は間違いなく人間に天罰をくだす。迷惑なのは動物たち、外の生き物たちだ.

平穏な幸せ、と今週末からの仕事について

2009年6月8日

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歩いてもだめ、泳いでもだめ、呪文「寝るより楽はなかりけり」を呟いてもだめ……あげくの果ては寮の屋上から飛び降りる夢なんかもみた。しかも五階から落ちたのに、ちゃんと生きていた。


躁鬱病の北杜夫は娘との対談でそんなときは「ただじっとしていなさい」といっていた。確かにそれがいちばんなのだと思う。布団のなかでダンゴ虫みたいに丸くなってひたすら、じっとしている。何時間も。トイレくらいいくけれど。


そんなこんなで2、3日、寝ても覚めてもぐったり病んでいたが、いまは、こころ穏やか。


なぜ?


波がある。


あまりに苦しいばっかりに(自分でいうのはなんだが苦しいのは苦しいのだ…)、逆にいまのような静かなとき、言葉にできない幸福を感じる。ただ生きていて、明日があることだけが、なによりもありかたいことに気づく。これ以上なにもいらないと思う。ただ、少し考えなおして、「このまま平穏が続けばいいのに」と思う。


今週末から町外れのグループホームで働けることになった。どんな場所か、まだわからない。認知症をもつ福祉施設であるらしい。いまのところ役たたずの「小学校教員免許」はあるけれど「ヘルパー」の資格はない。うっかり募集要項を見落としたおばかさんは、そのままのこのこ面接にいった。


けれども面接でその日のうちに採用になってしまった。


出来る限り頑張る。施設の人の為に、そして自分の為に。

自殺を責めることより大切なこと

2009年6月6日

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問題が頭のなかでごちゃ混ぜに押し寄せてきて、それに対処できず、いま…昔もらった頓服薬を一気に三倍飲んでしまった。衝動がおさえられなかった…情けなくて悔しくて、なにより心臓がえぐられるように重くて…


「明日生きたくても生きれないひとがいる。だから自殺なんてもってのほか」という話がよくある。信じない。


誰だって本当は生きたい。けれどもなかにはいま、そしてこれからも続くであろう苦痛に耐えきれず、家族や多くの人に迷惑をかけ、悲しみを与えてしまうのを承知で自殺する人がいる……だれがその人を責めることができよう?


どんな形であっても自殺してしまった人を責めることは、僕にはできない。他者を責めるほど余裕のある人は、そのぶん、まわりの誰かの苦痛に気がつくべきだ。


以前は酷かったけれどたまに揺れもどる夜がある。けれども大丈夫だから…大丈夫だから…大丈夫だから!


亡くなった人の果たせなかったことを叶えるまでは月夜のみみずく、踏んでも蹴られてもしぶとく生きてやる! 何が何でも。

小さな森のコンサート

2009年5月31日

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「小さな森のコンサート」に参加。山梨県の授産園や作業所の人たちが集まり、お店を出したり、コンサートをしたりして一日を過ごします。

大学一年のときに先輩の紹介でいき、四年ぶりの参加となりました。

カンボジアの子どもたち

2009年5月27日

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図書館でほんとうに何気なく手にとった写真集。


遠藤俊介著 「カンボジアの子どもたち」


夜中にふと取り出し、気がつけば写真に写る子どもたちの輝く瞳に吸い込まれるように、無心で読んでいた。なんて生き生きとしているんだろう……


どんな人が撮ったのだろうと想像していたら、最後の写真に 「子どもたちと私」と題して、若い青年の姿があった。


下に小さな字で、2007年7月、この本を手に取った三日後に急逝されたとあった。白血病とのことだった・・・


こころが洗われる、宝石のような写真集だ。

著者のブログ http://enen.exblog.jp/

自分自身の変化

2009年5月25日

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僕は医師ではないので、自分に診断をくだせないのだが、ふと目に留まった新聞記事があった。

「否定型うつ病」
……なんでも「病気」にしたてて商売にしてしまう昨今だが、実はかなりの部分、みみずくに当てはまることがあったのであながち見過ごせなかった。


「否定型」は従来の生真面目な性格な人がかかりやすいタイプのうつ病とは、症状がだいぶ異なる。


いちばんの特徴は「普段は抑鬱だが、楽しいこと、興味があるときは、気分が明るくなること」
極端なことをいえば、病気を言い訳に会社を休んでゲームに熱中したり海外旅行にいったりすることが可能なのである。はたからみればとんでもない人間である。

みみずくが思うに、「甘え」と「病気」が混雑してわからなくなった状態であろうか。深刻な時は辛いが(病的に)、休もうといいきかせているうちに「怠け」「堕落」していってしまうのかもしれぬ。


特徴はこんな感じであった。()は従来のうつ病


●二十代から三十代の女性に多い(←キャリアを積んだ比較的年配の人が目立つ)

●性格的に、人目を気にする(←生真面目、努力家)

●夕方にかけて気分が重くなる(←朝がいちばん辛い)

●十時間をこす過眠(←不眠)

みみずくは、医師の診断で「従来型のうつ病」とされ、一年以上の投薬を続けている。発症当時の診断は正しかった。不眠・抑鬱・自殺願望・無気力・自傷すべてあった。


しかしいまは「不定型」に近いような気がするのだ。「甘え」だなと思うときがある。平常は抑鬱だが、時々(友人といるときは)あからさまにテンションの高いおばか人間になる。

これはもう、一人の人間の個性といえるほど、僕は回復しているのではないだろうかと思えるときもある。

百万円

2009年5月23日

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百万円たまるごとに、その街を出てゆく女の物語(映画)があったが、みみずく、いまのバイト(墓守)では当分のあいだ百万円たまりそうにないので、次なる仕事を探すことに。


近所でピンときたのは寿司の配達と、高齢者福祉施設……


来月あたまに面接を受けにいく。


はやく実家からでていかないと家族には申し訳ないが、いっそう不安定になる気がする。

夢の話・薬の話

2009年5月16日

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焼きそばを売るバイトがあると、先輩から誘われた。電車で現地に向かう。


公園につくと、そこにはヤクザの一団がいた。組長らしき男が、なにか訓話をしていた。


焼きそばを彼らに売る。1日の報酬として、ひとりずつ二万円もらった。先輩はヤクザから六十万円もらったが、これは危険な仕事で、責任があるから、自分のものだといった。


ちなみに「焼きそば」とは麻薬とか覚醒剤とかの隠語ではなく、文字通り、焼きそばであった。


よのなか、焼きそばをこんなに高く買うバカがいるんだと思いつつ、みみずくは電車にのった。


一人ぐらしの祖母の家にいくと、なぜか小学校四年生くらいの女の子がいた。実に悲しい顔をしている。


聞けば仲良しだった姉が亡くなったのだという。

みみずくはいう。
「大丈夫だよ、お姉さんはこうして生きてるよ、ほら連れてきた」


ふところにしまっていたハムスターを手のひらの上に出す。


その子に安堵の表情……しかし、たちどころにハムスターはちりちりバラバラになり死んでしまった。


女の子は力つきたような顔をして寝てしまった。

以上、脈絡の不明な夢の話。今日はほかにも何種類もの夢をみた。


* * * * *


夕方病院にいった。半年ぶりに薬を増やしてもらった。レキソタンの二ミリ、1日二錠。レキソタンは、抗不安薬で、抗鬱薬と違い、即効性がある。入院していたときに、発狂したら、オレンジ色の五ミリ錠を飲まされ、眠らされていた。


現在1日に、パキシル3錠、テシプール4錠、レキソタン2を二錠。眠いはずだ。


医師に「誰しもがもつ現実な不安もあるが、それだけでは説明のつかない、理由のわからない心の苦しさや重さが周期的に訪れて辛い」「もう一年以上たったが、これが鬱病なのかただの怠けなのかわからなくなった」といったら、増薬となった。


以前、テレビで「リタリン」という向精神薬の中毒になって、支離滅裂なコトバを話す精神科医をみた。即効性のある精神の薬は一種の麻薬である。


使い方を誤まれば実に怖いが、レキソタンを飲むと、一時的に苦痛が和らぐ。


薬局で薬をもらうとき、薬剤師の人が、実は自分も六年苦しんで、いまは立ち直ったが薬を飲み続けている、といっていた。根治ではなく、この頭の病気とうまく付き合えるようになったといっていた。


みみずくは鬱病に限っていえば薬が問題を解決するとは思っていない。むしろ依存させることで、製薬会社が巨大な利益を得ている面もあると疑う。しかし、現実に薬が多くの人を助けるのもわかる。

けれども 逃れてばかりはいられない

2009年5月14日

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けれども。


嫌なこと困難なことから逃れたいという気持ちが、絶対にある。この3日間、事実として、逃れている。睡眠に逃避している。


莫大な、暗記すべき資料を前に、恐れおののいている。


「寝るより楽はなかりけり」の呪文は、頓服薬、という結論に達した。


また、今日から少しずつ頑張ろう。

あなたにこのコトバをおくろう

2009年5月13日

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薬より効くおまじない。


いま 寝ていられるのは 神の恩寵。


本当に必要な時は、僕だって必死に働ける。いまはその時期じゃないんだ。

最低人間の生態

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朝7時起床。
父と兄の出社を見送るともなしに見送る。


10分後。
「だるい、体が鉛のように重い……」
再び就寝。


10時。
母はパートへ、祖母はデイサービスへ。


家はみみずく一人。


昼。
おもむろに起き出し、庭のみみずコンポストの様子を見に行く。タバコをふかしながら、みみずをじっと見つめ、土に潜っていったのを認めると、自分も布団に潜こむ。


2時、母帰宅。
みみずく、「いかん、図書館に行って勉強してくる!」


図書館でもやる気をおこさず。無脊椎動物みみずの生態を調べ、ダーウィンが晩年に研究していたことを知る。納豆菌についても少し研究する。

4時。
結局、参考書はひらかずに、あきらめて帰宅。


5時。
「今日はだめだ、気分が重い」帰宅した祖母に宣言し、玉ねぎとジャガイモをきざみ、就寝。皮はみみずに与えた。


我が家の寄生虫……


自己嫌悪。


明日は病院にいく。自分が病気なのか、怠け者なのかわからない。


ただひとつ言えること、気持ちがしんどい。

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なんと少女趣味的な絵……。1日たって描いたイラストをみて愕然とする。

僕は前世は女だったんじゃなかろうか……


南米かどこかの国の女の子(描いているうちに)が、動物たちに囲まれて天使のごとき微笑みを浮かべている。


こりゃいくらなんでも、僕の絵とはいえない。


封印。

弱音を吐いて強くなれ

2009年5月12日

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人間ってすごく勝手だよね。さっきまでネスカフェがまずいだの下らないこといっていたくせに、絵を描いていたら、しまいには昔のことを思い出して、写真などを取り出して取り返しのつかないことの多さに、泣き出してしまった。


ハタチこしたヤロウが一人部屋でしくしく泣いておる。おまえは没落しかけた平安末期の貴族か。

つっこめ


つっこめ


ささいな感情でも吐き出せ。弱音や泣きごともぜんぶぜんぶ。他人や世界の不幸と大小を比較してもしょうがない。これは自分が乗りこえるべき問題だから。


取り残されるような孤独。生存ということの虚しさ。それは誰しも、生きている以上耐えなければならない。


みみずくも同じ。己の弱さを知れ、そして強くなれ。

天の声が聞こえる瞬間

2009年5月11日

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インスタントコーヒーをかき混ぜる……


とびっきりまずいネスカフェのインスタントコーヒーをかき混ぜる……


ネスレのために弁解するとね……僕が入れるとまずくなるんだよ、不思議だね。


ぐるぐると泡がまわっている……


ぐるぐるぐる…

そうだ……大切な人に
絵を描いておくろう

激動の乱世を泳ぎきるために

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市営プールにいった。
「リネツ金沢」金沢区の海に面した室内温水プールで、親が公務員なので割引が適用される。


このプールは焼却炉の熱を利用しているので温水だ。休日ということでちっちゃい子どもや、メタボぎみの中年さんのあいだをかき分け、泳ぐ泳ぐ。


泳ぐ泳ぐ。


泳げないが、なんとか泳ぐ。泳げないと小学校教師にはなれない。いや、みみずくはそんな試験のために泳ぐのではない。そんなこさかしい人間ではない。


いずれ地球温暖化で、我が町は水没する可能性があるから、そのための準備をしているのである。


自分はイルカになったつもりだが、はたから見れば溺れている人だったかもしれぬ。

海面上昇までには時間がある。努力だ。

侮蔑と抑圧の社会3

2009年5月6日

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そうして頭を抱え、いま冷静になって考える。


みみずくの心には次のようなことがあった。


「障害者だからしかたがない」


正直を申せば重度の精神障害は、もはや自分で自分の行動を社会的規範のうちに留めておくのは非常に困難なことだと思う。精神は人間を支配する。僕自身、薬を止めれば何をしでかすかわからない。乗客を省みず走る電車のなかで逆立ちをしたことなんかもあった。


おばさんは、「あなたも大人でしょ?高校生が勉強をしてるのだから、しつこく話しかけるのはよしなさい」と叱っていた。


それですむ、実に日常的な話なのだ。


高校生は許せないが、みみずくこそ大いなる偏見をもっていたことに気づいた。

侮蔑と抑圧の社会2

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アルバイト店員は、本当に警察をよびにいくそぶりをして、ひとまず警備員を呼びにいったようだ……


で、驚くべきことに、みみずくはどのような行動をとったか!


天よ神よ笑うがいい、みみずくは固まってしまったのである。つまり関わらないように他人様のふりをした!


とうに母校の名は汚れた、いやそんな下らないことはこの際どうでもよろしかろう。人間として、恥ずかしい……


仲裁に入って、話かけるだけでもいい。それだけで事態は穏やかなものになろう。万一事態が悪化しそうなら、その男性かあるいは高校生を別の場所に連れていけばいい。

男性から障害者手帳を見せてもらえば、身元保証人の連絡先も書いてあるかもしれない。とるべき行動はあったはずなのに。


そもそも障害云々ではないだろうよ。人が人から手ひどい攻撃的言動を浴びているのだ。


その事態を見て見ぬふりをした。勇気がないばかりに。


あああああ。


結局、別のおばさんがやってきて、男性はたしなめられたあと、去っていった。


傍観者が、侮蔑の社会を許している。

侮蔑と抑圧の社会1

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すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的経済的又は社会的関係において差別されない。(日本国憲法十四条)


法のもとならば、少なくとも、である。実社会では、人間は醜いほどまで他者を侮蔑し、罵り笑う。


今日は、採用試験の情報を落とすために、無線LANがつながる、とあるショッピングセンターのファストフード店にいた。

近くに 集団で席をとっていた高校生が、中年の男を罵っていた。


高校生「うぜえんだよ、きもいよ」
「消えろっていってんだよ、しね、きちがい」


罵詈雑言とはこのことだ。

みみずく「あ?」


最初自分に向かって話してるのかと思い、いちおうてめえの高校生よりはオツムのいい元男子高生の意地を見せつけるべく、格好だけでもぶん殴ってやろうかといきり立ったみみずく。そうでなきゃ母校の名がすたるというもの……がしかし、


みみずく「……いやちがう……このおっさんにいってるんだ」


中年の男性がニコニコしながら、高校生たちに話かけている。話の脈絡がない。精神に何かしらの障害をもった人だと、わかった。


精神病院に隔離されていた経験がない人でもわかる。


アルバイト店員が異常をさっしてあいだにはいる。しかし、中立ではなく罵詈雑言をはいている高校生をかばい、男性にむかって「警察を呼びますよ」

カナダ

2009年5月1日

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カナダは南半球であるから、ウィルスの活性化する(日本の季節でいえば)秋から冬にあたるし、また検疫体制が甘かった4月25日に高校生が帰国した点を鑑みれば、季節性のインフルエンザA香港型である可能性がまだ高いとみみずくは思う。

これがもし、はるかに死亡率の高い、予期された懸念されていた鳥インフルエンザでなかったのが幸いだ。その準備をしておけという、天の掲示かもしれない。


おごれるものは久しからず。

深夜ラジオの速報ニュース その2

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舛添大臣「明け方国民のみなさまがお目覚めになったとき…」


ああ、そうか……こんな時間、一般の国民は寝てるんだ。


ラジオから聞こえるのは記者から飛び出かう質問。大臣が「時間が時間なので…」と切り上げようとしているのを記者が質問で制している。こんな時間、働いている人たちがいる。明日の朝のニュースのため、夕刊に載せるため……


簡易検査の次になるPCRでは検査が不能とのこと。

深夜ラジオの速報ニュース

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ラジオをふとつけると新型インフルエンザの速報ニュースで、横浜市の17歳の高校生が感染の疑いあり、とのこと。深夜に厚生労働大臣が記者会見という珍しい事態になっている。


高校生はカナダブリティッシュコロンビアへ修学旅行にいっていたとのこと。


新型が季節性かの判断はしばらく時間がかかるという。


世の中が騒がしくなってきた。

試験なんてまったく世の中から消えてしまえばいいのに! その2

2009年4月29日

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……かのルソーもこういっているではないか。


〈自然が子どもの脳を柔軟に作ったのは、王様の名前だとか、年代日付などのおよそ将来に役に立たない言葉を刻みつけるためではない〉


〈その子どもの性質と能力とにあった方法で、一生のあいだ自らを導いてゆかせるためなのだ〉、と。


ルソーの言葉も、毎年多くの都道府県が出題されている。


次のは、かの月夜のみみずくのパロディ。


〈神あるいは自然があたえたもうた、みみずくの柔軟な頭は、 あなたの、およそ将来に役に立たない言葉を一字一句丸暗記するためではない〉


付言すると、〈少なくとも、昔の格言を生かせるほどまでに、私の生活は、充実していないのだ〉

いずれこの言葉は、どこかの国の採用試験に出るかもしれぬ。

試験なんてまったく世の中から消えてしまえばいいのに!

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大学受験で「さんどのめしをわすれて覚えた」ことの大半を忘れたいま、また、大学の全ての試験を一夜漬けで突破した(できなかったのもちょっぴりあるが)、みみずくは試験をばかにしていた。


試験など、その実に半数は目的のはっきりしない実にくだらないものだ。権力者・為政者がそうでないものをいじめるためにあるといえる。みみずくも権力を握ったら、試験を使って、子どもたちをいじめるだろう。実に陰湿に。


「ふはは。そんな態度だと、次の試験で落としてやる。キミの将来はわしの一存にかかっとおるのだからな」


権力を握りしめた人間は例外なくだめ人間になる。


……だから、この1ヶ月、教員採用試験のための勉強を、正直いうと仕方なくやっていた。だいいち、知識偏重から脱しようとしている教育界の流れに、この試験はまっこうから反している。(もちろん、問題がするする解けてしまえばこんなことは言わない)

かといっていわゆるいま流行りの「人物重視」も困る。小生、これといって自慢できるほど人物性はもちあわせない。(……みみずくは謙虚だから?……それはない)


だったらあきらめめて、ガチ勉すればよいものの、そうはいかぬが人間である。日々寝てばかり。

はっきり言ってしまおう。「月夜のみみずくは、神○川県、○浜市教育委員会が望んでいる人間とは、まったく相反するので、採用はしないほうがよいと、じつは本人が思っています」

あー 神様は なんでこんなくだらない人間を生かしてるんだろう。

神々と哲学者の対話

2009年4月25日

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神様:「はい、じゃあ、あなたはそうやって言い訳ばかりしてこれからも生きるのね」


哲学者「言い訳をしない人間はいません。健全な精神を保つために人間は自己弁護をするとフロイトもいっています。言い訳はあなたがた神々が人間にあたえられた能力ではないですか。もちろん神が人間を作ったという前提においてね」


神様「ではいつも困難にたちむかわないの?それは逃げの人生ではないの?」


哲学者「困難は立ち向かうものと誰が決めたのですか?


それは社会的にかたちづくられた美徳、近代資本主義が生み出した幻想、まやかしです。信じる信じないはその人の勝手ですがね。


人生はまさに逃避です。サバンナのシマウマをご覧なさい。ライオンに最初から立ち向かうシマウマはいますか?負けがわかっていて敵陣に突っ込むのは賢明とはいえません。」


神様「では人間はなんのために生きるの?


哲学者「できるだけ楽をして、できれば満腹の状態でぐっすり寝るためです。」


神々「なんていう怠け者!」


哲学者「だってそうでしょう?」


神様「あなたは守るべきひとはいないの?子どものために自らおとりになって犠牲になる親シマウマの気持ちはあなたにはわからない、臆病者!」


哲学者「おっしゃるとおりです。確かに僕にはシマウマの気持ちはわからない。しかしシマウマもできれば、満腹で陽向ぼっこしてせいぜい昼寝をするために生きてるんじゃないですか?」


神様「そんな!」


哲学者「まさか子孫を残すために生きてるなんていいませんよね?」

なんで子孫をのこす必要があるんですか?」


みみずく「老後に自分が世話してもらうため? なんちって、あの、すみません、続けて下さい……」

腐敗と熟成

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祖母の家にいる。この一週間、ぼけー〜っとして過ごした。多分次の一週間もぼけー〜っとして過ごすのだろう。試験勉強は集中できない。募集要項すら、開いて見る気がしない。


なんのために生きてるの?と問われれば、疲れて眠くなるのを待つため、とこたえる。


家族の冷たい目線を感じる。自分は居候以外の何者でもない。


内心かなり焦っている。いまの生活が恥ずかしい。抜けだしたい。


焦れば焦るほど なにごとも空回りする。


開き直れ、この世でなによりも大切なことは「効率」ではなく「無駄」なのだといってきかせろ。

腐敗と熟成は原理的におんなじようなもんだ!!


浮世のばかは起きてはたらく。寝るより楽はなかりけり。


……だいぶ言い訳がうまくなった。

生まれでた直後のこやぎ

2009年4月19日

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命の始まり

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いまさっき、今日の夕方、予想をしていなかった…やぎが産気づいたのだ。


じつに生まれるまで二時間。かたずをのむ命のドラマだった。最終的に逆子の疑いがあり、引っ張りだすことに…


さいごは母やぎの体をしっかりおさえて、目の前で子どもが生まれた。


じつは数時間まえ農作業をしながら死ぬことについて、話をしていた。


出産をみて思ったのは、死はともかく、生まれたということ自体がとてつもない奇跡、幸運、チャンスなのだということ。

たちあがるまで苦労しているこやぎの姿をみて、みみずくは心うごかされた。


無事 育ちますよう。

2009年4月18日

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……やぎも眠れないのか、小屋の方からこつこつと足を鳴らす音がする。

あたりはカエルたちの合唱。ときおり森のなかからフクロウの鳴き声。


落ち着いて考えてみるとは今日はどうでもいいことばかり書いている。まるで無理に気持ちを上向きにしようとしているかのように。じっさい気をまぎらわせているし、それが悪いこととは思わない。そうするしかすべがない。ただなんとなく、こうやってひとり山中の暗闇のなかにいると、ため息がでる。本当にこれでいいのかって。


こんなあてつけなブログでもたまに読んでくれる友だちがいる。先日の夢の記事を読んで、同じことを感じ、そのことをメールで寄せてくれる友人がいた。すごく励みになって、そうして僕はまた明日から元気に生きていける気がする。


一日一日、ひとは誰しも終わりの日まで、足あとをのこしていく。軌跡ともいえる。僕は少なくとも自分が助けられた分、誰かの支えになれるように頑張りたい。そういう軌跡を残していきたい。

夜を徹底して話を聞いてくれたとか、一緒に散歩に出かけてくれたとか、そんなささいなことで
も。頑張らなきゃ。

山中にてひとりテント泊

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いやあ、前に通販で買った念願の石油ランプ(千円)を実戦で使う夜がきた!


ほやがないので針がねで代用。安定したオレンジの光がテントを照らす。

やっぱり安全性を優先させてキャンドルスタンドの方がよかったかなあ…

逗子開成を退職した先生いわく、「テントマニアなの?」


みみずく「?、いえ、信大生は、いつも山ではテント泊ですが何か」


誤解を招く回答であったが。たしかに在学中キャンプでコテージはつかわなかったけれど。


テントは野外泊の目的ではなく手段である。

格闘ののち

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結局、ロープで牽引して引きずりだす。文明の力、一発。

このくそねっこが!!

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一時間ほって、つるはしでばきばきたたいて、しまいにゃてこでもうごかない…

夢の中でも逢えない

2009年4月16日

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僕は雑貨が陳列されたお店の中にいた。展示品に気がとられているあいだ、どうも誰かとはぐれてしまったようだ。


そのときいまは長野県で先生をやっている寮の先輩からメールがあった。「いまKさんが久しぶりにいるから、次のお店を回って来て!ノブキ、会えるよ!」


あれ……Kさんはたしか、去年のいまごろ亡くなったはずじゃ……いぶかりながら僕は鼓動を高めた。


指定された場所をみつけ入る。最初は焼き鳥、四本で八百円とばかに高い。次は製菓店、玉虫色の光輝いたチョコレートを売っている……なんてきれいなんだろう…… 先輩のメールには回るべき場所がいくつも書いてある。なぜかみんな食べものに関するお店。


先輩たちもリストの後ろの店からまわって、そのリストの中の中間で落ち合う手はずだった。


僕が行き着いた先は、しかしどこか学校のグラウンドだった。子どもたちが散らばって遊んでいる。メールをくれた先輩を見つけた。


先輩「おかしいなあ…さっきまで一緒にいたんだけど…」


僕は必死にKさんの姿をさがす……


先輩「いた!」
みみずく「どこ!」


見ると、違うひとだった。僕はひどく落胆して……目が覚める。


……僕は ひどく落胆して目が覚める。一年前、彼女は死んだ。この絵のような幸せな場所にいるはず。


布団をかぶったまま、あたまの中で夢の出来事を反芻する。


なにもかも…


もうなにもかも…

2009年4月12日

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はやいもので横浜ではもうほとんどの桜が散ってしまった。

去年、格子窓からみた横線のはいった桜は、いまごろちょうど満開だっただろうか。あの桜は特別にきれいで、何枚も絵にかいた……。あんな神々しい桜はもう二度みられないかもしれない。


散ってゆくこと、それは自然の摂理ではあるけれど、理屈ではなくやはり耐えがたく淋しいこと。だからこそ愛おしいのかもしれない。


昨晩、去年の桜のことを考えていて、はっとして気づいて自分の周りのことに思いいたって、珍しく自分から友だちを食事に誘った。こちらで就職した 長野の友人。


横浜の街を歩いて。山下公園で海をみて。新しい会社のことなどを聞いていると、やっぱり大変なことも抱えている様子。お互い頑張ろうといって別れた。


みみずくの知らない場所で、新しい生活をはじめた友人たちも、いまの時期を乗り越えられますように。自分もそうなんだけれど。


桜が咲くも散るのも、冬を乗り越えたあと。ひとの生涯にとって本当に冬の時期は もっと年をとってからのことのような気がする。

閲覧してくださっているかたへお知らせ

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みみずくにコメントを下さっている数少ないかたへ、いつもありがとうございます。

4月からインターネット環境にないため、皆さんのコメントを見たりお返事を書くことができなくなりました。

あしからずご了承下さい。みみずくにいってやりたいことがあれば

oyakofukurouーnyoro@ezweb.ne.jp(全て半角です)

までお願いできれば幸いです。


今後とも月夜のみみずくをよろしくお願いします。

欲求階層説にもとずく言い訳説

2009年4月6日

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人間はピラミッド型に低次元の欲求から高次元の欲求があり、したの階層の欲求が満たされることにより次の次元の欲求に移行するという学説(マスロー)がある。

下から

1、生理的欲求

2、安全欲求

3、所属愛情欲求(集団への所属を求めたり、友情や愛情を求めること)

4、自尊欲求(他者から認められたり、責任のある地位を求めること)

5、自己実現欲求(自分の成長や発展の機会を求めることなど)

なんでこんなことを書いたかというと先日、教職に対する情熱が失われているような気がして、目標を見失う不安を感じると書いた。


仕事にまずついて、そこから明らかになる目標もあるということを覚えておきたい。こういった教師になりたい! という明確な象は 採用試験では必要かもしれないが、あまり事前に固定観念化しすぎると、その後、現実とのギャップに柔軟に対応できないと思う。


……などと自分を慰めてみたはよいものの!

様子がおかしい

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ふと気がつけば深夜二時。一問一問時間をかけて満足するまでだらだらやるのが、みみずくの勉強法なので ちっともすすみやせぬ。


寝静まったはずの一軒家。なのに一階からごそごそ音がする。泥棒?


降りてみるとあろうことかみみずくの母が 部屋の中をぐるぐる回っていた。白紙を片手に 「今後の計画!!」などいっている。日本経済がどうで、マネーがどうこういっている。


素人からみてもこれは躁病だ。あるいは耄碌したか。夜寝る暇おしんで異常に活動するのは、「躁」の疑いがある。れっきとした精神の病である。常識の範囲を超え、生活に支障をきたす場合などは特に。


ほっておくと、自信過剰なため株やギャンブルに手を出し破産するという例もあるという。しかし本人は病気であるという自覚がまるでないから、次から次へと新しい事業をはじめ、ますます手におえなくなる。


親を精神病院の閉鎖病棟に閉じこめるのは、忍びない。あんなキッカイな場所はもうこりごりだ。

親子につきまとう呪い。我が家にはキツネがとりついている。

適当、いい加減、甘え、たるみ、油断、堕落、まあいいや

2009年4月5日

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家事、炊事、洗濯、掃除、買い物なにもかも 実質上 その職務の履行もせず、責任も負わず、恣意的に放棄しても、特別罰せられることも、また不自由することもない場所。


かりにそうであっても長居はしたくない、できればしたくない場所。


それが「実家」と思う。ふとどきもの。


必然 やることもない。まだ仕事は見つからぬ。十二分に寝た。さらにまた寝た。


そのあとはどうするか。

試験にむけてほどよく勉強する。


なんと平和な!…


こんな生ぬるい環境にあって、半年後の試験に落ちたら、まるで自分は無能であることがたちどころに立証されてしまう!


仕事をしながら同じ試験に臨む者もいるというに!!!!!!


……ここだけの話、立証してしまうかもしれないな……と思って一人笑った。


あたままで生ぬるい。春の陽気はそれに拍車をかける。次第に腐ってきた。


笑っている場合じゃないが、少なくとも楽な生きかた、サボリかたは前より上手くなった。

神奈川での暮らし

2009年4月2日

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みみずくは実家にもどりました。4月から自立のメドがたつまでここで暮らさせてもらえることになったので……。


大学は半年休学したものの、いろんなひとの力を借りてなんとか卒業することが出来ましたが、残念ながらまだ臨時採用の連絡はきていません。

少なくとも半年はアルバイトと採用試験の勉強をしながら実家に居座るつもりです。5月からは兄もようやく出ていきそうなので、静かになると思います。


うつ病に関してですが、気分の異常な落ち込みとパニック状態は冬くらいからほとんどなくなりました。現在もほぼ半年前と同量の抗うつ薬を飲んでいます。


薬を無断で中断するとおかしくなるので当分は飲みつづけます。徐々にストレスや逆境に強い、柔軟で前向き思考にかえていければと思っていますが、主治医に「あきらめて一生のみつづけなさい」と非常に悲観的かつ楽観的な助言をもらったので、この厄介な病とうまく付き合いながらうまく生きていけたらとも思います。そう思えるくらい余裕が出てきたということです。


うつ病はこころの風邪ではなく、こころの癌……だとしても。


アルコールに関して、去年の今頃は、まさに中毒者、当時は金銭管理までされて一日中家のなかの酒を探していた感じです。病院の消毒液まで飲みました。とにかく、息をしていることさえ苦痛で、薬よりもアルコールの方が楽になれたからです。

苦しさが軽減されるにつれ、まったくではないのですが、さほど飲みたいとも思わなくなりました。秋から春まで一人暮らしにもどっても依存することはありませんでした。いまでもごくたまに友達と付き合いで飲むことはありますが、別に飲まなくても、平気です。あのときは本当に苦しかった。もう二度味わいたくない。


無職というのはいままでの階段つづきできた境遇からすれば、ずいぶん片身が狭い思いですが、自立心は失っていないつもりなので、ときがたてばなんとかなると思います。

いま一番気がかりなのは、自分の教職に対する熱意が以前に比べ冷めつつあることです。目標を見失いつつある自分がこの先、どうなるのかが一番不安です。毎晩悪夢をみます。


いま、この与えられた猶予の期間は、神様がいまいちど考えろといっているのかもしれない。自分はなんのために生まれ、何をすべきなのか。何ができるのか。


この浪人の一年は、自分の人生にとって実はかなり重要な年になる気がします。いや重要な時間にすべきだと思っています。

以上近況報告でした。

こんな風の強い晩

2009年4月1日

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みんなは何をしているのだろう?

長野を離れてゆく……

2009年3月28日

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