紅白歌合戦から年忘れ日本の歌にチャンネルを変える。台所の死角から……
紅白紅白と嬉しそうにしていたおじいちゃんが、EXILEが終わるころ無口になってしまった為。だんまり黙ってしまったのである。だんまり……石のごとく黙ってしまった。
まるで時に置き去りにされたかのように。
これも介護だ。元日も朝五時から戦う。
2010.07.29 renewal
紅白歌合戦から年忘れ日本の歌にチャンネルを変える。台所の死角から……
紅白紅白と嬉しそうにしていたおじいちゃんが、EXILEが終わるころ無口になってしまった為。だんまり黙ってしまったのである。だんまり……石のごとく黙ってしまった。
まるで時に置き去りにされたかのように。
これも介護だ。元日も朝五時から戦う。
生後1ヶ月ちょいのモカという子犬がきていた。
夕方コタローという去年まで子犬だったお隣の山の犬さんがやってきて仲良しになっていた。
夜も更けてモカが寝ているのに、小屋のそばまできてじっとすわっている。今晩は家に帰らないの?
犬にも友情があるんだね。
夕飯も終わり、台所で洗いものをしていると五分おきに話かけてくださる方がいる。「今晩、こちらに泊めていただけるの?」と。
み「はい、大丈夫ですよ、泊まって行ってくださいね」
「お部屋はあるの?」
み「はい、ちゃんと一番奥の部屋が○○さんのお部屋ですよ」
五分後…
「今晩、こちらに泊まるの?朝はいくじ?」
み「はい、安心して泊まって行ってくださいね。朝はだいたい6時くらいです。」
「そしたら帰るの?」
み「天気がよかったら帰るかもしれません」
「ありがとう」
五分後……
「お兄さん、今晩はあたし泊めていただけるの?」
み「もちろん大丈夫ですよ。存分に泊まって行ってください」
「お部屋はあるの?」
み「はい、○○さんのお部屋はね、奥にあるから寝るときにご案内しますね!」
「お世話になります。あたしここが悪いから、ごめんね」
み「いいえ。またわからなくなったら聞いて下さい。」
家はないので帰ることはできないし、家に帰れば幸せとは限らない。
こんな会話を何回も繰り返し、消灯の時間がくる。さあみみずくも帰って寝るかな……
すると別のかたが部屋から服を着込んで、出てこられる。
み「あら、××さん、そんなに着込んで暑くないですか?」
「大丈夫。あたし今から帰るの」
み「あらら。あれま。こんな遅くに帰っちゃうんですか。」
「すぐ近くだから」
さっさと自分でフロアの鍵をあけ、エレベーターで降りようとする。
み「暗いし玄関もしまってるかもしれないので、僕も一緒にいきます」
クリスマスの寒い夜、こうしてみみずくは××さんと手をつないで建物を二周まわる。別のユニットにもいく。そこの夜勤者さんにたしなめられたりする。
なるべく話題をそらせ……
み「寒いからレモンの紅茶でも飲んでいきませんか?……はい、どうぞ」
「すごくおいしい、ありがとう。でも帰らなくちゃ」
さらに夜の庭を雑談しながら一緒にまわる。
み「うーん、どうも門があいてませんねぇ。安全対策ですねぇ。明日の朝、あけてもらうことにして、今夜は××さんのお部屋に泊まっていかれたら? そうだ! それがいい! そうしましょう!」
「そうね…」
この仕事をしていて、だいぶ腹のすわった演技ができるようになった。警察を呼ばれるまえに、たしなめることができて、ほっとする。
こうしてクリスマスは残業で終わった。
神に感謝。
眠い眼をこすり、バイクでいつもの坂道をかけあがっていく……間に合うはずであった。
半年残業はしこたましても遅刻はしたことのないみみずく。
がしかし。今朝は遅刻した。
というのも通勤途中の通り過ぎる景色のなかに、ふりかえざるを得ない何かをみた気がしたからである。
(んんん???)
(人だ)
(だれ?)
(どこかでみた気がする)
(あ、あ、ありゃ帰宅願望の激しい隣の棟の○○さんがひとりで、歩いとるよ!)
それは通常、有り得ないことであった。 なんてこった。
前にこのかたは過去、事務の姉ちゃんを"職員"と信用させ、門の外に出ていってしまい一騒動になった。鵜呑みにしてしまった事務も事務だが、本来自由に外出できるのがグループホームの望ましい姿ではある。
バイクを停め、五十メートル坂を下り みみずくはそのひとのもとに走りよった。
案の定、「あそこはなかなか返してくれないんですよ」「いまうちに帰る途中です」
みみずく、ひとまずホームに連絡、上司に「連れてかえってきなさい」との命をうける。
かといって強引に連れて帰ることもできず、パーソンセンタードケアとつぶやきながら、一緒に坂を下っていったのであった。
つづき
み「○○さん、えーと、やっぱりこっちの方に行きますかねぇ?」
「そうだねえ、娘が先にいってまってるからね」
み「おちかくなんですか?」
「ここは私の散歩道だったから」
み「・・・・・・」
ついて行くとなんてことはない、人里離れた山奥でもない、交番でもない、本当に娘の家についてしまった。
「ああ、○○の人? ごめんね、荷物持って先きちゃった」
電話
上司から「ああみみずくくん? タイムカード書かなくていいから戻ってきて。娘さんと一時帰宅したんだって」
み「・・・はい・・・では、業務に復帰します・・・」
信用してよかった。連れて帰ってこなくて良かった。
教育のすそ野は大学でかじったが、こちらも山頂はまだ深い雲に覆われている。
テキストもどっさりとどいた。
教員免許状はクローゼットにしまってある。残念だが、いつか使う日もこようくらいの気持ちでいる。
職場のほうでも、自主的な勉強会にはいってみた。
人間、生きている間は勉強……
昨日おととい長野に住んでいた寮の一年に一回の寮祭にいってきた。
行くのやめようと思いつつ、ひきかえそうと思いつつ、夜おそくついて、懐かしい友だちにつぎつぎにハグされ、ああ、やっぱりいってよかったと思う。久しぶりに、ふられたりもした。
今朝は仕事中家賃の未払いの電話を受けてから沈みっぱなしだった。
気合いを入れなおし残業して専属夜勤でもできなかった一人を寝かせた。
だいたい手をにぎって、鼓動とおなじリズムをきざんでいればどんな一人も寝てしまう。
こうされればみみずくだってきっと寝てしまう。僕は、簡単でもおいしい料理しか作らないし、自分がしてもらいたいことしかしない。
今宵は満月を少しすぎたオレンジ色の月輝く夜。月夜のみみずくは満月の夜に使い切った羽をやすめる頃。
(この月を、どのくらいの人が、どんな思いでみているのだろう)
(あの人はみてるだろうか。かの人はみてるだろうか)
走馬灯のように、みみずくのかつて瞬交わった人々の姿がこころに浮かぶ。小さなこころに、風に消えまいとする灯火のように………
細胞の死、すなわち人は時間を経て老いてゆくもの。その月日はあっというまに過ぎてゆく。一度限り与えられた生命。日々の暮らしだけで終わってもいい。毎晩疲れて眠ってそれだけで手一杯でもいい。
けれども。けれどもだ。ほんのすこし少しでもいい、毎日余力を残して、すこしずつ貯めて、いつか、いつか外にむけて発せられれば。
きっとわたしの、あなたの、月夜のみみずくの生涯が、もっともっと色づくはず。