みみずく父「印鑑、薄くていいんだよな?」
みみずく「だめでしょ!」
一ヶ月の交渉を経て、みみずくの親父より、家出の許可が下りる。実印をうやうやしく頂戴する。その際の父の御言葉。
父「この狭いアパートで一生暮らして、つまらない人生を送るんだな」
みみずく「・・・・・・」
うまれてこのかた3回目の引越し。予定通り、来月早々に、引越しをする。
「あたらしい塒」 それだけで気が休まる。一時的であっても。
家賃は35000、しかして月収の四分の一。みみずくの職場の社会福祉法人に土地を分け売った、大地主の所有するアパート。地主は近辺の山を所有し、アパートの隣の地主の畑を登っていけば、職場に着く。
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先が見えない毎日をなんとなく生きている気がする。上司から、嘱託勤務を勧められる。パート、嘱託、社員・・・・・・名もなき一社会福祉法人で一生を働くことをちょっと想像できない。
みみずくは教員免許を持っていて、それをとるために大学にいった。行かせてもらったといえばいいのだろうか。目標を持っていた。
いまはといえば・・・何も考えずにはじめた仕事を、何とはなしにしている。給料は安いが養うのは自分ひとりなので生活には困らない。
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介護の仕事は、顧客の見える一対一のサービスで、そのやりがいは感じやすい。仕事も、有機的な暖かさを持っているし、きついといわれる割には精神的な負荷は感じない。実績はあまり評価されないが、どの職員も、最大限の努力と愛情を注いでいる。
認知症のケアは、一瞬一瞬の場面が大きい。なにもかも直ちに忘れられてしまうから、その一瞬、どうその人を輝かせるかが本領である。教育とは違って、人を育てる過程を支えるのではなく、人が死んでいく過程を支えていくこと、社会を支える不可欠な仕事である。
けれども、といえばいいかだからどうした、といえばいいのか、先が見えない日々に不安を感じる。一流をめざしていったであろう、高校時代の仲間の顔が浮かぶ。
月夜のみみずくがぽつねんと一人、ろうそくの光を放っていて、
近くにはだれもいない。
ふっと消えても、変わりの光はたくさんある。
世界はたいしてかわらない? 無力感。
そう思ってしまうと何をするきも失せてしまう。
思わないようにこらえている。