今日は介護福祉士の国家試験の日。
いま介護福祉士の実務経験者ルートの受験資格が議論になっている。
自分はまだ、実務経験2年目なので、受ける資格はないけれども。
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今年の試験、すなわち今日の試験までは、実務経験を3年もつ人はそれだけで試験を受けることができる。
だが来年から、受験資格に、さらに「600時間の養成施設での研修」が追加されるらしいことは以前からわかっており、ヘルパー同士でたまに噂となっていた。当然、現在仕事をしながら、介護福祉士を目指す人には、この追加事項は、相当な重みをもつ。
有識者と現場での間で、激しい論争が繰り広げられ、このたび「450時間の養成施設での研修」が義務化される見通しが強くなった。
それも3年間の猶予期間がつく。
誰だって試験のハードルがあがるのはいやだ。ほっとしたのが正直な感想だが、将来介護を生業とする人間の評価を高め、労働環境をよくするには、一見ばかげた法改正の意図も理解できる気もしなくはない。
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よく介護福祉士の同僚のおばちゃんが、業務をめんどくさがると、「先輩、たしかぁ、介護福祉士でしたよねー?」と冗談をいう。
資格があっても、なくても、実際やっている仕事にほとんど関係しない。資格なんて、肩書きに過ぎないともいえる。
・・・それでいて軽視できないもの。それが資格だと思う。実際なければできない業務があるし、資格がなければ、学ばないこともおおい。人間は怠け者だから。
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そういえば、教育の世界では、免許をとって、一人前の教師になるのはさらに少なくとも10年かかるといわれていた。
だが10年たったって本当に一人前といえるかは怪しい。
一番大切なのは資格ではない。反省し向上できるか、だと思う。
今宵も月夜に導かれ、
あっちの止まり木へふわり、こっちの止まり木にふわり。
いったいどこへ行き着くのやら。
そんな「月夜のみみずく」の自分のための備忘録
2011年1月31日
2011年1月27日
先ほど、ろうそくはすべて燃え尽き、ろうそく生活は3回目の朝日をまたず、終了した。オール電化はリスクが大きすぎて考え物だという結論、そして電気でだけではない、毎日無駄にしているものや時間に気がついた。
いま朝の5時前。LEDのともし火が、冷たい光を放っている。
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ろうそくも燃え尽きたが、自分も燃え尽きてしまいそうで、怖い。
悪夢を見た。秋から辞めていたたばこもまた吸いはじめた。お酒も胃薬もそれはしこたまと。しょうもない失恋と追加された連日の勤務も重なって精神がおかしくなりそう。あと一日でいい、休みがあれば大丈夫なのに・・・。
処理能力には個人差がある。そして自分のそれは低いとみていい。いますぐ、すべてから手を抜かなければ・・・サボるのだ。全力で、怠けよう。大丈夫、たいていのことは、あとで取り返しがつく。
昔の自分だったら頑張り続けていた。それは結果的にそれは得策ではないと知っている。
仕事を回避できないとしたら、残す手は一つ。
休日。そう今日を使って、効率のよい休養をとることだ。それも睡眠をとる以上に、鬱積したものを吹っ飛ばすなにか方法があるはずだ。
免許を発行しに行こうか? 二俣川の免許センターの意地のわるい警察官は休日にふさわしくない。
好きな音楽を聴こうか。お茶を飲もうか。たばこも吸っちゃおう。節約はやめて、自分の好きなものを買おう・・・・・・なにもほしいものはないけれど。
いま一番ほしいものがあるとすれば、人。
話を聴いてくれる味方。
話を聴いてあげられる人。
社会全体、孤独にまみれている。人はいるのに。どこもにぎやかで一見するとそうとは見えないけれど。
身近にいる一番大切な人に会いに行こうか。
そうだ、会いに行こうよ!
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そう、これを読んでるあなたもね。
2011年1月25日
もろもろの事情があって、昨晩から電気が使えない。
仕事から帰って、ろうそくに火をともし、寝るまでの時間をすごしている。
水道とガスは、生きている。だが、たとえガスが通っていても、電気がないことには、風呂に湯をはることはできない。湯沸かし器は、電気を使って作動するからだ。こんなあたりまえのこと、電気がとまるまで気がつかなかった。
洗髪は、水でいいとして。からだは、ガスコンロと鍋で湯を沸かし、タオルで拭く。この時期、水風呂は考えられないから。
別に一人暮らしの家計が苦しいわけじゃない。ただ、ここではいいずらい事情があって、電気が使えないのだ……
パソコンもバッテリがあるが、インターネットには接続できない。ブログを更新する携帯は、電池で充電するか、外で電源を探さないといけない。
冷凍庫の食品もさすがにもう溶けてしまっただろう。今晩は、それを食べる予定。
LEDのヘッドランプがあるから、必要ならばそれを使うが、ろうそくだけで部屋はほのかに明るいので、さして使うこともない。
この生活がいつまでつづくかわからない。何日もつか。いまのところは大丈夫……
知らす知らすにライフラインに依存してきた自分、いつまでもつか…
2011年1月22日
あなたに伝えたいこと。
いまはもうここにはいないあなたに。そう、あなたに。
私、以外のだれか、といえばいいのかもしれない。そう思えるほど、
だいぶ、時間がたったね。
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あなたに伝えたいこと。
そう今日の晩の満月とおなじように、明け方には誰にも見送られず、消えた、あなたに。
伝えたいことがある。
生きていくことの計り知れない喜びと、哀しみを。
今日この日のささやかな喜びと、哀しみを。
あなたがもっと生きていれば、きっと同じように感じたであろうの数々のことを。
死という言葉をあえていいかえるのなら、あなたは、記憶のすべてを封じ込められ、あるいは封じ込め、人生の最良の日の記憶と、深くそれは深く傷ついた日の記憶を、無意識に再現しながら生きているのだろう。雲のなかで。
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あなたがあなたでなくなる前、私は出会った。
いまのあなたは言葉を失い。感情を失い。人を愛することも愛されることもしない・・・
あなたの家に大切にしまってある、金色の折り紙に書かれた一通の手紙。それがあなたを知る私にとってのすべての手がかり。
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あの日、高原の森の中の、何千年を生きた樹木の傍らで、陽だまりが、あなたの顔を明るく、明るく照らしていた。
気付けば、もうすでに私は、あなたの年を越えてしまいました。
でも、あなたを越えられる日は、いつくるんだろう?
2011年1月18日
悪いことをしようとした。
しかけて、気付いた。
自分が常に善人ではあるとは限らない・・・
悪いことをしている時、このことには気付かない。
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新聞を見る。
毎日のように、社会的に信用が高い職種の人が、犯罪を犯し、逮捕されている。一日のうちに信用が失われ、人生を0からやり直す人がいる。
窃盗、強盗、詐欺、恐喝、売春、横領、薬物・・・
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我々は罪を犯したいから罪を犯すのではない。心の弱さ、孤独の寂しさ、人生の悲哀をまぎらわすため罪を犯す
遠藤周作の言葉。
昨日は、普通自動二輪の卒業検定。
結果。パイロン接触で、終了。
しかもスラロームで! クランクでも急制動でもない、スラローム。教習中は一回も失敗したことがないのに・・・
検定員は事前説明の教室からやたら威圧的だった。それに押された感があった。
もともと緊張症で、卒業論文の中間発表の時、頭が真っ白になってなにもしゃべれなくなったことがある。
「駄目かもしれない」そう思った時は必ず失敗する。プレッシャーに人一倍弱い。
そういうことがわかっただけでも、二輪免許を取ろうとしてよかったと思う。
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いいこともあった。勤め先の常勤登用試験に受かった。秋から二回の論文と面接を切り抜け、やっと結果が伝えられた。
昨年の10月付けで、採用してくれるという。
コンビニ店員並みの給料が改められ、時給制は月給制にかわり、去年の夏の分からボーナスももらえる。
でも、誰にも言わないがあまり嬉しくない。
僕は一人だし、お金には困っていない。
正規職員でも、世の中の平均に比べれば、低い待遇であること。
それより、そういうことを誰にも、報告できないこと。
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自分は、小学校の教員になろうと思っていた。
でも、現実にうまくいかないことが多すぎて、諦めた。
諦めの結果が、いまだとしたら、それは喜ぶべきことなのか?
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いまの仕事は世の中で必要不可欠な仕事だ。
だけどそれに誇りをもてないでいる自分に最近気がついている。