強欲な人をいさめるために「あの世にはお金も何ももっていけない」とよくいうが、最近みみずくは、
「あの世どころか!」
と思う。
「あの世の手前まで持っていけるかどうか」
自分が自分をはっきりと認識できなくなった時から、人はもう、何も持てないと思える。
だったら余計なものは持ち歩かない方が賢明だとも。
……Mさんはもうだいぶまえからボケてしまった。そしていまはボケボケになってしまった。言葉が悪いなら、認知症の末期を迎えた……持ち物はおろか、家族の名前、自分の名前すら覚えてはいない。
みみずくが言う。「シャンプーしますね」
その人は笑顔で聞きかえす「サンプン待ち、し、ます?」
「顔洗って下さい」といえば、便器の水をすくおうとするし、「これ美味しいから食べて」といえば、みみずくの口へ入れようとする。
みみずく「あったかいいうどんと冷たいうどんどちらが好きです?」
「そうね、やっぱしあったかいうどんの方が好きだね」
みみずく「冷たいうどんとあったかいうどんどちらが好きです?」
「そうね、やっぱし冷たいうどん」
「あっちいってみてきよ(こよ)」といってはカーテンを引きずりおろし、「こっちいってみてきよ」といえば台所の洗いものを、ゴミ箱にいれ……
人形をもてば、服をぬぎおっぱいを飲ませようとし、座布団をもてば背中に背負い、あやしたり……
やることなすことがすべて、トンチンカンなのに、一生懸命、母親の時代に戻り仕事をしようとするMさん……
そんな状態が不幸か?
とんでもない!!
名前を 忘れても 会いにきてくれる人、名前を呼んでくれる人、住んでいる場所は常に心地よく、お風呂にも入り、ささやかながら美味しいものを食べ……ゆったりしながらニコニコつながらない会話を楽しんでいるのだから。
自分が幸せかどうかは自分が決めるものだが、みみずくからみる限り、Mさんはピンピンコロリに勝る幸せな余生を送っている。
今日みた光景は職員みんな、あっと息をのんでしまった。
前傾斜(自然と体がまえのめりになってしまう)方のとなりに座っていたMさんは「どっかわるいの?」とおでこをささえて持ち上げていたのだ。
人はいつしか心だけ持っていくんだと思った。
やがて体すら置いてゆく日がくる……その心、どんな心にするかは、自分の生き方しだいである。
2 コメントはこちら:
月夜のみみずくさん、こんばんは。
Mさんの話、面白かったです。特に「...トンチンカンなのに、一生懸命、母親の時代に戻り仕事をしようとするMさん...」のところが興味深かったです。きっと彼女の人生の中で一番輝いていた時期の記憶や生活体験が現在の彼女のしぐさとなって現れているのでしょう。
残念ながら、僕は介護の仕事に直接かかわった経験がありません。みみずくさんの日常で面白いなァと感じたことをこれからもドンドンこのブログで書いていってくださいネ。
楽しみにしてます。
--- 君ヶ崎 譲 ----
コメントありがとうございます。
そうです……きっと「人生の中で一番輝いていた」時代に戻るんです。
そういう過去を持っていることがあの方にとって、かけがえのない財産なんだと思います。
なかには過去に解決できなかった課題をそのまま抱え続ける人もいます。親不幸したとか、人からだまされたこととか。
認知症の時期、これらの問題と再び対峙しなければならない人もいます。
……君が崎さんは、でも、近い仕事をされているような気がいたします。
これからもよろしくお願いいたします。
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