今日は介護福祉士の国家試験の日。
いま介護福祉士の実務経験者ルートの受験資格が議論になっている。
自分はまだ、実務経験2年目なので、受ける資格はないけれども。
* * *
今年の試験、すなわち今日の試験までは、実務経験を3年もつ人はそれだけで試験を受けることができる。
だが来年から、受験資格に、さらに「600時間の養成施設での研修」が追加されるらしいことは以前からわかっており、ヘルパー同士でたまに噂となっていた。当然、現在仕事をしながら、介護福祉士を目指す人には、この追加事項は、相当な重みをもつ。
有識者と現場での間で、激しい論争が繰り広げられ、このたび「450時間の養成施設での研修」が義務化される見通しが強くなった。
それも3年間の猶予期間がつく。
誰だって試験のハードルがあがるのはいやだ。ほっとしたのが正直な感想だが、将来介護を生業とする人間の評価を高め、労働環境をよくするには、一見ばかげた法改正の意図も理解できる気もしなくはない。
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よく介護福祉士の同僚のおばちゃんが、業務をめんどくさがると、「先輩、たしかぁ、介護福祉士でしたよねー?」と冗談をいう。
資格があっても、なくても、実際やっている仕事にほとんど関係しない。資格なんて、肩書きに過ぎないともいえる。
・・・それでいて軽視できないもの。それが資格だと思う。実際なければできない業務があるし、資格がなければ、学ばないこともおおい。人間は怠け者だから。
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そういえば、教育の世界では、免許をとって、一人前の教師になるのはさらに少なくとも10年かかるといわれていた。
だが10年たったって本当に一人前といえるかは怪しい。
一番大切なのは資格ではない。反省し向上できるか、だと思う。
今宵も月夜に導かれ、
あっちの止まり木へふわり、こっちの止まり木にふわり。
いったいどこへ行き着くのやら。
そんな「月夜のみみずく」の自分のための備忘録
2011年1月31日
2011年1月27日
先ほど、ろうそくはすべて燃え尽き、ろうそく生活は3回目の朝日をまたず、終了した。オール電化はリスクが大きすぎて考え物だという結論、そして電気でだけではない、毎日無駄にしているものや時間に気がついた。
いま朝の5時前。LEDのともし火が、冷たい光を放っている。
* * *
ろうそくも燃え尽きたが、自分も燃え尽きてしまいそうで、怖い。
悪夢を見た。秋から辞めていたたばこもまた吸いはじめた。お酒も胃薬もそれはしこたまと。しょうもない失恋と追加された連日の勤務も重なって精神がおかしくなりそう。あと一日でいい、休みがあれば大丈夫なのに・・・。
処理能力には個人差がある。そして自分のそれは低いとみていい。いますぐ、すべてから手を抜かなければ・・・サボるのだ。全力で、怠けよう。大丈夫、たいていのことは、あとで取り返しがつく。
昔の自分だったら頑張り続けていた。それは結果的にそれは得策ではないと知っている。
仕事を回避できないとしたら、残す手は一つ。
休日。そう今日を使って、効率のよい休養をとることだ。それも睡眠をとる以上に、鬱積したものを吹っ飛ばすなにか方法があるはずだ。
免許を発行しに行こうか? 二俣川の免許センターの意地のわるい警察官は休日にふさわしくない。
好きな音楽を聴こうか。お茶を飲もうか。たばこも吸っちゃおう。節約はやめて、自分の好きなものを買おう・・・・・・なにもほしいものはないけれど。
いま一番ほしいものがあるとすれば、人。
話を聴いてくれる味方。
話を聴いてあげられる人。
社会全体、孤独にまみれている。人はいるのに。どこもにぎやかで一見するとそうとは見えないけれど。
身近にいる一番大切な人に会いに行こうか。
そうだ、会いに行こうよ!
* * *
そう、これを読んでるあなたもね。
2011年1月25日
もろもろの事情があって、昨晩から電気が使えない。
仕事から帰って、ろうそくに火をともし、寝るまでの時間をすごしている。
水道とガスは、生きている。だが、たとえガスが通っていても、電気がないことには、風呂に湯をはることはできない。湯沸かし器は、電気を使って作動するからだ。こんなあたりまえのこと、電気がとまるまで気がつかなかった。
洗髪は、水でいいとして。からだは、ガスコンロと鍋で湯を沸かし、タオルで拭く。この時期、水風呂は考えられないから。
別に一人暮らしの家計が苦しいわけじゃない。ただ、ここではいいずらい事情があって、電気が使えないのだ……
パソコンもバッテリがあるが、インターネットには接続できない。ブログを更新する携帯は、電池で充電するか、外で電源を探さないといけない。
冷凍庫の食品もさすがにもう溶けてしまっただろう。今晩は、それを食べる予定。
LEDのヘッドランプがあるから、必要ならばそれを使うが、ろうそくだけで部屋はほのかに明るいので、さして使うこともない。
この生活がいつまでつづくかわからない。何日もつか。いまのところは大丈夫……
知らす知らすにライフラインに依存してきた自分、いつまでもつか…
2011年1月22日
あなたに伝えたいこと。
いまはもうここにはいないあなたに。そう、あなたに。
私、以外のだれか、といえばいいのかもしれない。そう思えるほど、
だいぶ、時間がたったね。
* * *
あなたに伝えたいこと。
そう今日の晩の満月とおなじように、明け方には誰にも見送られず、消えた、あなたに。
伝えたいことがある。
生きていくことの計り知れない喜びと、哀しみを。
今日この日のささやかな喜びと、哀しみを。
あなたがもっと生きていれば、きっと同じように感じたであろうの数々のことを。
死という言葉をあえていいかえるのなら、あなたは、記憶のすべてを封じ込められ、あるいは封じ込め、人生の最良の日の記憶と、深くそれは深く傷ついた日の記憶を、無意識に再現しながら生きているのだろう。雲のなかで。
* * *
あなたがあなたでなくなる前、私は出会った。
いまのあなたは言葉を失い。感情を失い。人を愛することも愛されることもしない・・・
あなたの家に大切にしまってある、金色の折り紙に書かれた一通の手紙。それがあなたを知る私にとってのすべての手がかり。
* * *
あの日、高原の森の中の、何千年を生きた樹木の傍らで、陽だまりが、あなたの顔を明るく、明るく照らしていた。
気付けば、もうすでに私は、あなたの年を越えてしまいました。
でも、あなたを越えられる日は、いつくるんだろう?
2011年1月18日
悪いことをしようとした。
しかけて、気付いた。
自分が常に善人ではあるとは限らない・・・
悪いことをしている時、このことには気付かない。
* * *
新聞を見る。
毎日のように、社会的に信用が高い職種の人が、犯罪を犯し、逮捕されている。一日のうちに信用が失われ、人生を0からやり直す人がいる。
窃盗、強盗、詐欺、恐喝、売春、横領、薬物・・・
* * *
我々は罪を犯したいから罪を犯すのではない。心の弱さ、孤独の寂しさ、人生の悲哀をまぎらわすため罪を犯す
遠藤周作の言葉。
昨日は、普通自動二輪の卒業検定。
結果。パイロン接触で、終了。
しかもスラロームで! クランクでも急制動でもない、スラローム。教習中は一回も失敗したことがないのに・・・
検定員は事前説明の教室からやたら威圧的だった。それに押された感があった。
もともと緊張症で、卒業論文の中間発表の時、頭が真っ白になってなにもしゃべれなくなったことがある。
「駄目かもしれない」そう思った時は必ず失敗する。プレッシャーに人一倍弱い。
そういうことがわかっただけでも、二輪免許を取ろうとしてよかったと思う。
* * *
いいこともあった。勤め先の常勤登用試験に受かった。秋から二回の論文と面接を切り抜け、やっと結果が伝えられた。
昨年の10月付けで、採用してくれるという。
コンビニ店員並みの給料が改められ、時給制は月給制にかわり、去年の夏の分からボーナスももらえる。
でも、誰にも言わないがあまり嬉しくない。
僕は一人だし、お金には困っていない。
正規職員でも、世の中の平均に比べれば、低い待遇であること。
それより、そういうことを誰にも、報告できないこと。
* * *
自分は、小学校の教員になろうと思っていた。
でも、現実にうまくいかないことが多すぎて、諦めた。
諦めの結果が、いまだとしたら、それは喜ぶべきことなのか?
* * *
いまの仕事は世の中で必要不可欠な仕事だ。
だけどそれに誇りをもてないでいる自分に最近気がついている。
2010年12月28日
今日は、ユニット長の運転で、同じ系列の特養にいった。「ちょっと寄ってコーヒーのましてもらおうぜ」ということで。
足腰、元気なばあちゃん2人と入ったばっかりのばあちゃん乗せて。
そこには、半年前、うちから引っ越した、みんなからみっちゃんとよばれる、小さなばあちゃんがいた。のってきた車は夕方の送迎に使うデイサービスの借り物なので、時間がかなり押していたが、ユニット長がいいよ!といってくれたので、逢いにいった。
半年振りにあった彼女は、特養の広いフロアで半分泣いていた。徘徊する彼女は転んだばっかりなのだという。
下を向いている彼女に近づいて、いつかのように英語で話しかける。
「Hello? How are you?」
「…… 」
「アーユーオッケー? 大丈夫?」
「イエース」(蚊のなくような声で)
「よかったねみっちゃん、きれいなとこすんでるね」
「うん…」
驚いたのは、一緒にきたばあちゃんが、彼女のことを思い出し、名前をよんで、手を握って、泣き出したのである。もう忘れているのではと思っていた。
ユニット長が、俺のこと覚えてる?ときくと
「覚えてるよ」。
聞き取れないくらいの小さな声でそういうんだ。
たくさんの老人の中で埋もれそうになっているけれど、ちゃんと僕はあなたのことを知っています。
2010年11月12日
今日は休みであったが、なんかへんてこりんな一日だった。
昼間は肺炎で入院したおじいさんの見舞いに行く。壁に「〇〇様はミトン可だが抑制は禁止」という張り紙があった。チューブや点滴をつけられていたが、熱も下がり元気そう。しかし認知が進み会話は半分も成立しなかった。
まえに肺炎で入院していたときは暴れて四肢を紐で縛られていたというから、ちょっと心配していたが。拘束もされず静かに寝ていらしたので安心した。
そして何回か息子の名前を呼んでいた。
それをみた反対側のベットの、比較的元気なおじいさんが僕に話しかけてきた。僕のことを見舞いにきた息子と思ったらしい。「いいねだんなは、見舞いに来てくれる家族がいて」
僕は肉親ではなく、ただの職員だが、ただ笑ってうなずくだけにしておいた。
バラの鉢植えを置いて帰る。
***
夕方は、職場に顔をだして、管理者や、上司に明日の昇進試験で提出する論文を添削してもらう。働き盛りの大人たち・・・・・・
* * *
暗くなって、リサイクルショップにいき楽器を見ていた。すると小さな女の子が、一人でやってきて人懐こく話しかけてきた。天使みたいな子だった。その子は僕がするように、弾けもしないギターの弦をぽろんぽろんはじきながら、なぜか僕にまとわりついていろいろ話しかけてくる。
子ども「ひなっていうの」 「ふうーん」
子ども「これ小さいね」 「うん、かわいいギターだね」
子ども「ひなはこれ弾けるんだ」 「へえ、すごいね」
子ども「ひなはこんなオレンジ色が大
好きなの」 「そう、きれいだもんね」
「お父さんお母さん一緒なの?」 子ども「うん」
人生の夕刻をとうに迎えたおじいさん、働き盛りのお父さん、そしてこれから生きていく小さな女の子。
同じ時代を生きて、たまた出会いすれ違っただけなのだけど、どうして皆、こんなに親しく、いとおしく感じられるのか。
2010年10月30日
以前は毎日のように更新していたこのブログ。
日常生活で、ふと心にとまった出来事や、ささやかな感動や、ときにはみみずくの、不安定な感情を書き連ねることで、自分を客体化し、精神の安定をはかってきた。実際どれほと、気が楽になったことか。
いままでは、よほどプライベートなことを除き、みみずくの心の恥部も包み隠さずさらけだすことができていた。だからこそ書いて気持ちが楽になれた。
けれども最近、自分のなかで、他人には共有できない秘密が心の中で肥大してきている。
秘密というと、なにかやましい、罪深い感じがする。けれどもコミュニケーションをはかるとき己の本心をときに隠すことが、円滑な人間関係を育むことになるのは誰でも経験のあること。
ようするに、みみずくも狡猾になったものだ。
そしてそれは、自らを生きづらくしている気がする。
素直になりたい。誰にも隠しごとをしたくない。
………だから辞めようとも思ったが、もうちょっとブログを続けてみようと思った。
2010年10月3日
テーブルに広げた。
最後に正月の暖かい家族の呼吸と温もりをすってから、どれくらい暗い倉庫にしまわれていたのだろう。
描かれている貴族やお姫さま、ぼうす、みんな疲れているように見えた。
もともと、この百人一首は、さるご入居が自宅から取り寄せたものだった。しかし、
一度も使われることなく、いまや、もう持ち主の認知の度合いも麻痺も進んでしまった。
それを、ふと取りだし、昼食後の不穏な、そしてけだるい雰囲気のリビングに持ち出した。
物には命が吹き込まれている。
生きているということは、それが、世界に影響を与えるということだ。
だから生きている。
花の色は・・・適当にとった札の、上の句を読む。小野小町の有名な句……
すると…
…うつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
次々と下の句が……、一分前の短期記憶すら怪しいお年寄りの口に、流れるように……
それは魔法だった。
いにしえの歌人が残した魂の結晶。
家族や子どもたちに囲まれた、正月のひと時の幸せな記憶は時空を越えて…
テーブルを囲む人たちを、ほんわかと明るく照らしだした。
2010年9月18日
| モカ:雄、もうすぐ1歳 |
ヤギの散歩をしたり、沼にはまって動けなくなったり、最近の映画のシャーロックホームズみたり、子犬…一年たったからもう大人か……と遊んだり本を読んだり。
丸太小屋や、作品や、書棚を見ていたら、あ、最近仕事しかしてなかったな…と気づいてしまった。忙しくて本すら読んでいないし……何ヶ月も思考停止していたような気分……
秋の虫の合唱、朧月夜、テント泊。
薬も辞められたし、そろそろ、生活に軌道修正かける頃だ。
そう思ったけれど、なにからはじめればいいか?錆び付いた頭はなかなか働いてくれない。
| ヤギとひょうたん |
| 夜の囲炉裏 |
| モカ |
| 東京湾フェリー |
| 調理は焚き火 |
| 小屋の前 |
2010年9月13日
疲れてるはずなにに不眠。原因がある。
自分の日記だから、それを書いてもいいやと思って。
書くこと、それがいまのみみずくの精神安定剤。
よーし書くぞ!
こんどばっかりは書いても後悔しない。恥ずかしいなんて思わない。
たとえ誰かがこれを読んで、そのあまりに大きすぎる負のエネルギーをじかにかっくらって真っ青になって、ぜーったいに後悔しない。
いまこここに、ふだん社会生活を営む上では絶対口にしない、仕事に対する、不満、愚痴、意見、主張、弱音なんでもかんでも、当たりかまわずいーっぱい書いてやるぞ。
世の中に対する、怒りと哀しみ、慟哭もたくさん書かなくては。
そうだ、このさい人間に対する不信だって書いてしまおうか!
憎しみだってそりゃ人間だからあるさ。
人間の思考回路は、0と1の羅列ではない。きれいごとだけでは、ありえない。
どんなに立派な聖職者だって例外はなく、よどみによどんだ、くらぁい、それは暗くて陰湿で醜悪なものを秘めている。
みみずくの、合成甘味料を一切使わないショ糖1トン分と、ブドウ糖1トンを、これでもかというくらい、工場一つ分の大なべで煮て混ぜて、硬くした、甘い、脳みそが腐るほどの甘い考えもかいてしまおう・・・
・・・うん、ここまで書いたらもう満足しました。
どうもありがとう。
2010年9月11日
渋滞を予想しておらず。順調に遅れている。
明日はホームの秋祭りで
早朝から準備に入らなければならない。
わずか3時間滞在で、再び夜行バスに乗り、横浜に帰る。
でも一目でも顔が出せればよいと思う。
そういうもんだ。
2010年9月1日
沖縄では、もう長生きされた方の葬儀はお祝い事なのだというけれど。でも、それは沖縄の話。いま、職場の御入居者のお葬式から帰ってきた。なんか気が抜けたといいますか・・・やることもなくここへ・・
職場の先輩の助手席に載って、斎場に向かい、ああ前のお葬式のときも助手席だったと思った。一緒の建物に住んでいた、親しい先輩がなくなった日。鮮明に思い出せる。
あの日は、ほんとに信州は雪解けの春先でした。偶然、神奈川から母がきて善光寺までという許可をもらって外出していた。病院内では携帯持禁止だったので、久しぶりに受信をしたら、なんか妙なメールが来ていた・・・外出していなかったら、もっと知るのが遅れていた。故人の意思が働いたのだと信じている。
知ったその日が命日だった。母は新幹線で帰った。夕方の診察で(僕は病院に拘束されていたので)、お通夜にいきたいと、医師に泣いて頼んだ。責任があるので自由にできないといわれる。あと追いなんかされることもありますからねと聞いて僕は怒ったが、いまおもえば当然のこと。
けれども、新幹線で帰った母が、翌日また長野まで来てくれて。母には、一緒に葬儀に参加してもらって。
あの時初めて親のありがたさを感じた。いざというとき見方になってくれるのは家族なのだなと知ってまた泣いた。
翌朝、寮の先輩の助手席に乗って、山に向かう。
もう焼かれていて。
そんなことを思い出した。
ばあちゃんと娘。面識はないけれど、気が合いそうだから、二人の故人が天国で出会えますように。
2010年8月29日
夕方出勤すると、ユニ長から訃報を聞く。
ご入居者が亡くなられた。
みみずくのユニットではなかったが、一緒に数ヶ月暮らしたばあちゃん。
天ぷらが好物で、食後、「まだ食べてないぃぃぃ」という声が頭から離れない。
よく僕は、ぽかぽか殴られた。力の入らないその手でめいっぱい。
素敵な人だった。
天寿をまっとうされたにちがいない。
どうぞ安らかに。
2010年8月26日
たまあにくる、なんにもない一日。
前日までの仕事で疲れきって、昼過ぎまで寝てしまった休日の夜、きまってあいつはやってくる。
極度の憂鬱状態。
時間は止まり、世界のすべてが色あせ、いままで生きてきた年数のすべてが無駄であったように思われる。
ここ最近、頑張り過ぎたのだ。能力以上に働いたのだ。
病院の世話になるまえに、ちょっとここいらで怠けようぜ。
明日も雑用で呼ばれ休日出勤しちゃうけど。
2010年8月24日
ってなにか考えてる。
愛情
その人のため、ではなく、自分がその人と接している時間が尊く思えるような気持ち。
寛容
善悪社会規範ににとらわれず、その方のもつすべての世界を受け止めること。
忍耐
常に成果を待ちつづけ、よりよいケアを模索しつづけること。
使命感
自分にしかできない、と思えるくらいの仕事をすること。
観察力
どんな小さな表情やしぐさにも、その方の意思を汲み取れること。
創造性
形にとらわれない自由な発想で、常に最先端の介護福祉を実践すること。
2010年8月19日
山梨から帰ってきて、休みなく仕事の日常に戻って、また一人になっちゃうなと思っていたら、職場の仲間に、飲み会に誘ってもらった。勤務時間がばらばらなので、一般の会社とは違って、なかなか飲み会は出来ない。今日のことも、数ヶ月前から話にでていてやっと実現したという感じで。
職場の周りは住宅地で、居酒屋なんてなく、でも唯一、お好み焼き屋さんがあった。今回は、おばちゃんぬき(なんとも失礼な言い方ですね)、やっぱりそれはそれで、面白い。いろんな世代の人と話すことは楽しいし、ためにはなるけれど、やっぱり、年齢が近いと共感できることも増えてくる。
二次会のカラオケなんて、大学でこそ、しょっちゅうだったけれど、こうして一人になってからは、初めてのことだった。
仕事場では知らない、同僚の一面を少しだけ知る。
それぞれが、それぞれで、いままで生きてきて、明日のために生きている。
そんな当たり前のことを知れただけで、なんだか励まされてしまった。
要するに、こんなことを感じるくらい、久しぶりの飲み会ということだった。






