今年も、山梨の北杜市で、小さな森のコンサートが開催されました。
地域の作業所や授産園、社会福祉施設で働く人たちが集まって、出店を出したり、演奏したり。
前日の夜、仕事をおえ、かずきさんに新宿から車に乗せてもらい、久しぶりにシュラフとウクレレを持って、みみずくも参加。かずきさん、ありがとうございました。
山梨はまだ、春という感じで、新緑が鮮やかで、それだけで嬉しくなりました。
コンサート中、自然に人がステージの前に集まってきて、自然に輪ができて、音楽の力って改めてすごいなって思います。みみずくは、コンサートの司会をさせてもらったのですが、思わず、前に出てきて踊っておりました。
こんな機会なんて、なかなかないです。
小さな森のみなさん、今年も素敵な企画ありがとうございました。
今宵も月夜に導かれ、
あっちの止まり木へふわり、こっちの止まり木にふわり。
いったいどこへ行き着くのやら。
そんな「月夜のみみずく」の自分のための備忘録
2010年5月31日
2010年5月26日
朝〜夕方 ヘルパーの講習そのまま夜勤に突入。
しかも20時までいてくれる遅番さんが、訳があるのかないのか、疲れているのか、とにかくあまりにも仕事をしないので、少しいらいらしていた。
台所には昼間の職員さんが余らせていてくれた夕飯。本当はいけないのだけど……
二つ足して足したら0。
感謝されたり反対に死んでやるなどいわれたり、時間はかかるがなんとかなるはず……
全員の入床を確認したら、センサー3台に耳をすませつつ、タバコを一本吸ってからの業務をこなし始める。
なにも起こらない 静かな夜であれと 祈りつつ……
猫ちゃんに別れを告げた。
月夜のみみずくに相方は重荷だった。
友だちに戻った。
* * *
以下本文とは関係ないリンクです。
ペットと人間のかかわりを綴ったドキュメンタリーです。
http://www.youtube.com/watch?v=LOSoFSAxDyc&feature=related
2010年5月24日
夕方暗闇ゴミ捨て場で、手袋をしながら、なくなった「義歯」をさがしていた。
ここ数日、薬は切らしていないのに、憂鬱な時間が(精神的に苦しい時間が)多い。
職場のおばちゃんが緑茶がうつの予防にきくってTVでみたって教えてくれた。
少し調べてみた。以下そのページへのリンク。
http://www.rda.co.jp/topics/topics4573.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%B3
http://blog.kenko.com/nakayama/2004/11/post_9585.html
たぶん、つづく
2010年5月20日
オイルもバッテリもプラグもなにもかも異常なし
。
近所のバイク屋にいったら、エンジンを分解されたあげく、見積もりなして一万円を取られた。もちろんばらばらなまま。
エンジン内部が破損しており、手のほどこしようがないという。あまりのショックで抗議すらできずとぼとぼ押して帰る。
そして今晩、新しい中古のリトルを割と安く譲ってくれる人の元に電車で向かっているのだが…
追記:新しいリトルカブは順調に始動し外装も綺麗で、今日から仕事場へ向かうために使い始めた。
黄緑が壊れたカブ、銀ブラウンが新しいカブの写真。

2010年5月17日
親友がブログで自分を最低だといっていたから、「月夜のみみずく」+「最低」で検索してみた。
2007.10.03
こんな私をどう思いますか?
外には鈴虫の音、窓から吹き抜ける風に秋の深まりを感ず。書物を片手にしばし学問の世界に身を任せ、ふと窓の外に目をやると、ああこれが中秋の名月か、うす雲の中におぼろげに輝き・・・・・・
あ、電話が鳴っている。これは彼女からに違いない、「今すぐ逢いたい」 おおよそ内容は見当がつく。そう直感して、、、そう直感して、、、ん? あれれ?
ふと我に返る。 外から聞こえるのは、どっかの部屋で飲み騒ぐ男たちの叫び声、ないしはマージャン牌のガチャガチャという音。窓のから吹き込む冷たい風はタバコのヤニの香りで部屋をいっそうかき乱し、数学の問題集にもともと素養のない頭は疲れ果て。ふと窓の外を見やると、月の影カタチすらみえぬ。むしろもう新月だ。それだけならまだしも、ぶんぶんと窓を開けた瞬間、進入してくる蛾やら蜂やら蝿やらやら。
・・・・・電話は確かに鳴った。内容は要約すると「遊んでないで、勉強せい、帰ってこないと、どうなるかわかるな、覚悟しろ?」 実家からである。 あー? それになんだ、だれだ“彼女”って? おまえは何様じゃ。戯けたことを言っるヒマがあったら、数学の問題を解け。なに? 二次関数の解の公式? おぬしはそんなとこまで忘れ朽ちたか!!!(答弁)それでも昨晩は机に向かったのだ。そうしたら、飲み会に引っ張られ、それでもだ、今日という今日はは2時間机に向かったのだ。そうしていると、昔の悪い癖、普段はなんもやる気がないのに、この場に及んで本が読みたくなったり、絵を無性に書きたくなったり、なんか飲みたくなったり食いたくなったり、風呂にはいりたくなったりするのである。
結局、欲望の思い浮かんだ順を逆にたどり(それも忠実に!)風呂にはいって、飯食って、画材をあちこちから引っ張り出してきて机の上に広げたまではよいものの、いっこうに絵どころか落書きすら書かず、気づけ最近食堂で拾ってきたテレビなんかを見てほくそ笑んでいる自分・・・・・・
最低だ。
僕はまっとうな人間になれない。
これはエジソンだかソクラテスだか、荻生徂徠に言わせるところの<たい落>だ。ええい、「タイ」の字まで忘れてしまった。
アナウンサー:「ええ今月のラジオなんちゃって電話人生相談は、長野県長野市の<月夜のみみずくさん>から、自分の部屋で
勉強が手につかないというご相談です。ははあ、これは大学生さんからですかね。ねー、最近の大学生は、ちっとも勉強しない。私なんかの頃は自分で学費を稼ぎ、これでもかというくらい苦学しましたけれどね。」
月夜のみみずく:「僕は意思が弱いのです」
アナウンサー:「意志が弱い、なんでもこういって言い訳するんですよね、口だけでなにもやらない人間は。おまけに<意志>という字も間違えてる。どうでしょう、先生、ご回答をお願いします。いやくれてやってください。」
心理相談家:「うーむ。処置なしですね。はい、次の相談は?・・・・・」
季節の移り変わりに伴い、かようにして僕の精神状態は不安定である。最低な私、最低な僕、時にはそう思えるくらいが、普通だと思う。
2010年4月27日
もっと書くべきことがいっぱいあるのに……
またもやパキシルを切らしてしまった。時間が合わず病院にいけない……
パキシルを切らしたあと必ず起こる禁断症状。離脱症状といえばいいのか……頭に電気が走るように、シャリシャリ音がでる。体が絶えず痙攣し、鼓動がおかしい。
ささいなことでも涙が止まらず、感情が閉塞的になる。
悪夢をみた。
僕は、スカイダイビングをしようとしている。インストラクターに、防寒着をつけられる。
何の間違いか、僕はこの時点でヘリから突き落とされる。
高度数百メートルの大気に僕は放り出され、ぐるぐる回転している。
落下していく僕にヘリの中からインストラクターが叫ぶ「すんません、まだ肝心のパラシュートつけてませんでした!」
死に物狂いでインストラクターがヘリから飛び出し、落下していく僕に近づき、パラシュートを装着させようとするがうまくいくはずもなく。
みみずくは平然という「いいんですよ、慌てないで。僕、生きることにそんなには未練ないですから……」
自然とこんな言葉が出て、自分でも驚く
霧に包まれた視界のなかで、眼下に森が見えてくる。
僕は落ちていく……
「それより、あなたが致命的なミスをして、僕を殺したことを、どうか重荷にしないで生きてください」
夢のなかの意識が途絶え、現実に目覚める……汗が…止まらない。
2010年4月25日
今日は……予定なら猫ちゃんとの散歩の約束の日だった。
猫ちゃんとみみずくは 八重桜の咲き乱れる頃、つまりごくごく最近、お付き合いを始めた。<彼女さま>とかくのが恥ずかしいし、慣れないので<猫ちゃん>と書く。
みみずく23年間の法則は突然の彼女の出現によって、覆された。
まさか、みみずくが誰かを好きになるなんて。好きになるだけでなくて、お付き合いするなんて。考えても見なかった。夢想はしたけれど、いつも寂しかったけれど、そんなことはもうないと、諦めていたのに……
さて……
今日は二回のデートだった。猫ちゃんも働いているから、なかなか会えない。この日を待ちわびて、みみずくは働きに働き、猫ちゃんも楽しみにしていてくれた。
空は晴れ渡り、みみずくは考えごとで徹夜の朝だった。
猫ちゃんから、待ち合わせの直前になって電話が……
猫「ごめんみみずく、今日、行けなくなった・・・」
み「(……行けなくなった!?えっ??えっ??×△◇○??)」
急にかわれない仕事がはいったという。
僕は電話を切る。
一瞬でも疑った僕を彼女は許してくれるだろうか……
もう一度電話がかかってきた。
猫ちゃんは泣いていた……
いままで一人で虚勢をはって生きてきたみみずく。
猫ちゃんはそんな僕に突然舞い降りてきた天使。
それも不器用で世界一愛くるしい……
2010年4月24日
みみずくも数回だけ、イベントやキャンプに参加したことがあり、今年の5月30日は、………なんとコンサートの司会の役を仰せつかってしまいました。
何百人もくるだよ!?
みみずくがしていいの?みみずくにできるの?
僕はいったい……!?
頭はいま真っ白です。
とにかくやることだけが決まっている……
……先ほど、小学校の演劇の舞台の天井で照明をいじっていたら、転落、いきなりライトを浴び、隣の女の子の踊りを見よう見真似で、「練習しないでごめんね」といいわけしつつ冷や汗たらたら・・・でたらめに踊り、そのあとマイクをもって司会をしている夢をみた 汗
どえりゃーことだよ
これは、いったい・・・
木の実の森
http://www.kinominomori.com/
大学の先輩が描いた絵本のページもあります。 http://www.kinominomori.com/mizugaki2009/book1.pdf
追加報告します。
2010年4月14日
こんばんは。
今日の仕事が終わりました。就職して以来いちばん長い日でもありました。
昨日今日、職場で僕は大きなミスをし、その対応に早朝から追われていましたが、誰一人責める人なく、逆に励まされ、本当に申し訳ない気持ちと、こういう職場で働けていることに感謝しています。
さて、ですけど。あなたと最後に会ってから、早いもので2年が過ぎます。こうしてあっという間に人の一生の時間は過ぎてゆくのでしょうか。それはわからないけれど、僕はなんとか、一人でやっています。これもあなたのおかげです。
こうして手紙を書いているうちにも、親しい友だちからメールが来たりして、筆をとめてしまいます。
僕は前ほど、あなたのことを、そう頻繁には思い出さなくなりました。あなたが消えてからの夏、親しい人にタロット占いをしてもらう機会がありました。そうしたら、、「一人の女性の存在が、あなたに大きな影響を与えている」っていわれてそのとおりだと、びっくりしたものです。でも今は、ときより、あなたを感じ、思い出すくらいです。だからって寂しがらないでね。僕はずっとあなたと一緒にいますから。。
去年の秋に、一人暮らしを再開したんですけど、新しいアパートの一室に、まっさきに飾ったのが寮祭の時の写真です。善光寺の参道を、雑巾がけして、そのあとに「電車ごっこ」をした時のだよ。僕は映っていないけれど、その写真ではあなたは紐で結ばれて、みんなと一緒に笑ってる。茶色のおおきいマフラーをして、両手は前でつないでいる。朝日が、顔を照らしていて、みんな幸せそうな表情をしていてね。僕の一番好きな写真です。写真の前においたハイボール、飲んだかな。最近、はやっているらしいよ。僕はすぐ自分のを飲んでしまって、あなたのを飲んでしまうけれど。
あなたがお酒が好きだったかどうか、飲める人だったか、それすらも全然知らないほど、藍さんのこと、知らないんだ。だって一緒に住んでいたけれど、たまにしか話さなかったから。お互い・・・・・・いやあの頃の・・・・・・いまもそうだろうけれど・・・・・・「家族」はみんな夢に向かってまっしぐらだったし。忙しい毎日だったもんね。
僕は、好きな人にしか、手紙やメールをよこさない。僕はあなたが好きでした。あなたにとって最期の大晦日も、一緒に事務室で飲んでいましたよね。そのとき、いうべきいわないべきか迷っていたんです。いまだからいえることだけどね。
そのあと僕は、苦しかったです。信州の自然は、いっせいに芽吹く頃だったけれども。病院に通って、入院して、それが地球上での、僕と君との最期の隔絶。
あなたは死後、お父さんや、僕の前に、何度か形になってあらわれてくれたね。千葉の森の中で、深夜、あなたの話をしていて、きっと蛍になったんだって・・・そうしたら、本当に蛍が一匹、僕の頭の上を通り過ぎていきました。・・・・・・僕は想像します。僕たち人間には想像もできないような、生き物たちに囲まれ慈愛に満ちた美しい世界に生きているのでしょうね。
きっとそうだと思います。
東京は昨日、何十年ぶりの降雪を記録したそうです。これが最後の冬だと思います。これから、あなたの住んでいた信州の高原でも、一気に雪解けが始まるのでしょう。いつか一緒に筍をとりに行った日が懐かしい・・・・・・・あのときは厳しい季節を乗り越えた新緑がみずみずしく輝いていました。世界中が幸せであるような気持ちでした。
そういう僕も、初めての職場で、初めての春を迎えています。小さなグループホーム。なんとか、という感じで、まだまだ頼りない存在ですが、ようやく誰かの支えになれていると実感がわいてきています。
そして、あなたと過ごした日々が、本当にごくわずかなものだけれど、いまの僕を大きく支えてくれてる。ありがとう。
教師になる夢はまだまだ叶えられません。でも、あなたの思いをついで、少しでも今の世界がよいものになるように、小さな喜びを糧にして、働いていこうと思います。
本当にありがとう。
また逢いましょう。いつでも、逢える、のだから。そうどちらかが望めば、ね。
僕たちをそっと見守っていてください。遠からぬ将来そのうちまた逢える日がくるまで。
2010年4月12日
みなとみらいの某有名ホテルにて……
日本一の社会福祉法人を目指すと意気揚々の挨拶。みみずくのように、末端の介護現場で働くものから、理事長、はてまた政治家や医師、銀行の頭取、地元の有力者が顔をそろえていた。
少なくとも、給与の低い分、ビールをしこたま呑んで穴埋めしようと企んでいたら、なかなかどうして、新入社員の演奏あり、政治家の出馬協力要請あり、職員の表彰あり、拍手をする時間の方が長くなってしまった。
ジョッキは片手でもたねばならないが 拍手は両手を使うので 呑めない……
これは誤算であった。
たぶん法人で一番、闘志のない職員はみみずくだと思った。
民間企業には向かない。
2010年4月7日
弄便(ろうべん)とは、自分の排泄物を、手でつかんで、もてあそぶこと。
弄便という行為だけをとらまえると明らかに異常な行動です。しかし、認知症の高齢者は無意味に便をいじっているわけではないのです。誰でも、オムツに排便すれば気持ち悪くなります。気持ちが悪く不快になればオムツをはずそうとするのも当然です。きちんとオムツをはずして、処理ができれば問題がないわけですが、これがうまくいかずに手や衣類、寝具や周囲を汚す結果となってしまうわけです。いわゆる弄便の動機は健康で正常な日常生活行動ですが、この目的をうまく達成できない日常生活行動障害といえます。このように、問題行動の多くは、目的をもった正常な日常生活行動ととらえることができます。したがって、認知症高齢者はその目的をうまく達成できない日常生活行動障害者と定義できるわけです。この弄便を防ぐために、上下つなぎ服を使用する場合がありますが、正常な日常生活行動を抑制する身体拘束にあたると思います。弄便や不潔行為は汚れたらすぐに変えてあげれば防げることですので、その工夫をすることが第一であり、安易に抑制をすることは介護の放棄であり人権侵害にあたると考えます。http://www.chihou.net/kaigo/care/mondai/home.html「認知症ネット」より部分引用
ようするに認知症が進むと、それを便とは理解できない。
みみずくが初めてその行為をみたときは複雑な心境だった。もちろん汚いと思ったのは、正直な思い。だってふつうそんなもの触らないもん。そのあと絶対だれにも非難させないぞ!という気持ちになった。
弄便をさせたのは介護するものの責任。 本人はすでに失禁をしていて、それを介護者が見逃していたからだ。
オムツが汚れたから、その不快なものを、取り除こうとしている。当然の行い。ただしその方法が障害によってわからない。
汚物が手について、それをきれいにしようと壁や布団で、拭おうとしたり、恥ずかしいから箪笥にしまったり、それが便であることも忘れれば、食べ物と誤って認知することもある。
問題は実はそのことではない。
そのあと便まみれになった机と椅子を 消毒している際に 他のかたが 近寄ってきたのだ。
みみずくは手をだして、「現場」にその方が入るのを制した。弄便をみたことで、変わる人間関係があってはならないと思ったからだ。 これをきれいにして差し上げるのは、介護者のだけでよい。
翌日。近づこうとした方は みみずくの制止した訳を気にしたよ、と大きな声でたずねてきた。食事中だった。みみずくは混乱した。先輩職員に目配せする。(紙に書いて渡したら?)
“失禁して・・・です”
その方は煮え切らないみみずくを怒った。
「はっきりそのときにいってくれればいいに!」
板ばさみの状態とはこのこと。
何が正しいのか。
桜がさいたとはいえ、寒空のなか、庭を駆け回って。
子どもどうしってすぐに仲良くなれるみたい。
ベランダの洗濯バサミをみて唖然……
雑草がぶら下げられている。
なんでも、干してからスープに入れて食べるんだとか。
遊びは、なんでも意味があるし、それが大人になっいく勉強になっていくんだと思う。
2010年3月24日
最近ニュースで連載が終わったときいた「かわぐちかいじ」の『ジパング』を見つけてしまった。http://www.youtube.com/watch?v=hYts2YRgiT0
閑話休題、ようするに、休日は、その「ジパング」を読みふけってしまっておわったのだった。内容が第二次大戦なので、かつて日本史専攻だったが、頭の悪いみみずくは一冊読むのに2時間かかった。三冊読んで、いま、ぐったりとしてしまった。むかし寮に、漫画部屋と称する、居室をまるまる漫画で埋め尽くした部屋があった。歴代の先輩たちが、おそらく後輩のためにおいていったのか、あるいは引越しの際に捨てていったのか、とにかく、そこには床から天井まで漫画で埋め尽くされていた。
そこでたまたま揃っていた(たいていは各巻ばらばらに天井から床まで散っている・・・)「沈黙の艦隊」を読み、かわぐちかいじの描く絵が好きになったのだか、さいきんまたYOUTUBEで「ジパング」をみつけ、ちょっと興味を持っていた。
一人暮らしを始めたころから、うちには昔からテレビがない。
だから、たまに映像?が観たいときは、朝までかけて、とことん観る。
こんな感じで休日は終わったが・・・それがでも、ドクターのいう休養なのだろう。
三週間……
薬も切らしたし、いこういかなきゃと思って、いかなかった。
病院にいく。
「あなた直す気があるのか」と主治医からいわれるのが怖くて、遅れるたび、ますます足が遠のいていた。
薬は1日に飲むべき量を2日にわけて飲んでいたので、まだ、鼓動がおかしくなったり、めまいというような心臓離脱症状?はでていないけれど…
「いまは大丈夫でも、また波が来るから、仕事を減らし、なにもしない日を作ってもいいよね」
先生は優しかった。
1ヶ月分の薬をいただく。
さてさて
「今日はマンガでも読んで、ひたすら、ゴロゴロしよ……」
そう思って古本屋にいったのだが……
2010年3月17日
強欲な人をいさめるために「あの世にはお金も何ももっていけない」とよくいうが、最近みみずくは、
「あの世どころか!」
と思う。
「あの世の手前まで持っていけるかどうか」
自分が自分をはっきりと認識できなくなった時から、人はもう、何も持てないと思える。
だったら余計なものは持ち歩かない方が賢明だとも。
……Mさんはもうだいぶまえからボケてしまった。そしていまはボケボケになってしまった。言葉が悪いなら、認知症の末期を迎えた……持ち物はおろか、家族の名前、自分の名前すら覚えてはいない。
みみずくが言う。「シャンプーしますね」
その人は笑顔で聞きかえす「サンプン待ち、し、ます?」
「顔洗って下さい」といえば、便器の水をすくおうとするし、「これ美味しいから食べて」といえば、みみずくの口へ入れようとする。
みみずく「あったかいいうどんと冷たいうどんどちらが好きです?」
「そうね、やっぱしあったかいうどんの方が好きだね」
みみずく「冷たいうどんとあったかいうどんどちらが好きです?」
「そうね、やっぱし冷たいうどん」
「あっちいってみてきよ(こよ)」といってはカーテンを引きずりおろし、「こっちいってみてきよ」といえば台所の洗いものを、ゴミ箱にいれ……
人形をもてば、服をぬぎおっぱいを飲ませようとし、座布団をもてば背中に背負い、あやしたり……
やることなすことがすべて、トンチンカンなのに、一生懸命、母親の時代に戻り仕事をしようとするMさん……
そんな状態が不幸か?
とんでもない!!
名前を 忘れても 会いにきてくれる人、名前を呼んでくれる人、住んでいる場所は常に心地よく、お風呂にも入り、ささやかながら美味しいものを食べ……ゆったりしながらニコニコつながらない会話を楽しんでいるのだから。
自分が幸せかどうかは自分が決めるものだが、みみずくからみる限り、Mさんはピンピンコロリに勝る幸せな余生を送っている。
今日みた光景は職員みんな、あっと息をのんでしまった。
前傾斜(自然と体がまえのめりになってしまう)方のとなりに座っていたMさんは「どっかわるいの?」とおでこをささえて持ち上げていたのだ。
人はいつしか心だけ持っていくんだと思った。
やがて体すら置いてゆく日がくる……その心、どんな心にするかは、自分の生き方しだいである。













