今宵も月夜に導かれ、

あっちの止まり木へふわり、こっちの止まり木にふわり。

いったいどこへ行き着くのやら。

そんな「月夜のみみずく」の自分のための備忘録

抹茶クッキー

2008年12月20日

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2つの研究室合同のクリスマス会。今年も先生のお宅にお邪魔する。

抹茶クッキーを焼いてもっていく。教授はクッキーの配合はむつかしいといったが、フーコーよりは断然、簡単である。

Fw:こんばんは

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ニョロ久しぶり。
元気にしてた?
俺は、しばらく元気だったけど、先月風邪を引いて仕事を休んでたよ。
すっかり治って、先月の中旬から普通に行ってるよ。

後わずかで今年が終わるけど、ニョロにとってどんな一年だった?

たまには、俺から手紙を送るよ。
***********

…… 「月夜のみみずく」、たまにふとしたきっかけで、「にょろ」になる。いろんな名前を持つといいかもね。切り替えがうまくできて、「らしさ」を発揮しやすくなる。問題はだんだん素顔がわからなくなることだけど、そもそも人間なんて、心臓が動いているうちは、常によそゆきの顔なんだ。

「にょろ」は、「月夜のみみずく」がいつもかつも調子が悪い、誰がわるい彼が悪い、などと嘆いてばっかいるせいで、今年一年ほとんど登場せず日の目をみないまま年末になってしまった。通算3日くらいかな、「にょろ」だったのは。


「月夜のみみずく」は、頭んなかでごちゃごちゃ考えて、口ばっかりでほとんどなにもしないみたいだ。しようとしても、できないと思いこんでいるため、できない。いつも満月の晩を待ち焦がれて、欠けた月の晩はぼやき、昼間は寝てばかりの駝鳥。満月の晩はいつもうっかり寝過ごしてしまう。


「にょろ」は、ようするに臆病なちびへびで、だけども、たまに果敢になにかにぶちあたっていくものの、あとから「あーこうじゃったわい、やってもうた」とあわてて家にもどって鍵をかけて引きこもり、「みみずく」に化けてしまう。

だからね、今年一年、「にょろ」としてはほとんどなにもしなかったと言うほかないんです。

どうでもいいことかもしれないね。そうだ、面白い夢をみたのでそれをかこうかな。

いまさっき、夢をみたんだ。中学校に遅刻する夢だった。電車にのるたびに行き先が間違ってる。しまいに走っている特急列車の外壁に飛びついてみたりして、ようやく学校のある駅にたどり着いた。するとどうだろう。遅刻した仲間の群集で前に進めないんだ。人をかき分けてみようとして、それでも学校にはたどり着けない。

でもふと、いま自分が大学生だってことに気がついたんだ。こんな時間に学校に行かなくてもいいってね。いつも寝ている時間じゃないかってね。

そうするとどうだろう。僕は、ほかに行くところもないので、行き交う中学生たちが、学校に行けないよう邪魔しはじめたのさ。

なんのために必死になって学校に行こうとしたんだろうね。

さて、仕事は順調ですか?家族は元気ですか?
今年一年、ありがとう。
これから、どうぞよろしく。年賀状書きます。

にょろより

ココロ この複雑な問題

2008年12月15日

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寝ている時間が多いが、寝ても覚めても卒論である。こころの教育である。

調べれば調べるほど胡散臭いことばだ。曰わくいまの子どもは生と死の境の意識が希薄だ。それは核家族化によって死に接する機会がないなどの生活体験の不足、生物の生き死に接する自然体験の不足による。命の大切さを子どもに伝えるためには、自然体験をさせたり介護体験をさせればいい、ペットを飼って、つまりは死なせればよい、はてはクラスメイトの父母の死を授業で扱えばいい。


……これが正気なら、残酷である。確かに死を扱うことは、極端にタブーになっているかもしれない。しかし、誰もがそんな簡単に扱えるものではなかろうに。まして意図的に教えるられるものなのか。


真剣に会議や懇談会を開いてギロンするのは結構だ。しかし、いくらなんでもこんな提言はなかろうよ。日本の教育行政や有識者といわれる人たちの考えをくむことができない……「こころのノート」を作って、実際自分でも授業をして賞賛している河合隼雄さんは、心底それがいいと思っていたのだろうか。なぜ臨床心理学の権威がこんな右ならえの教材を作ってしまったのか。もしかしたら身を削ってまでの皮肉なんじゃないのかとも思う。そうだとしたら偉大な人だ。


人間の奢りか。名誉教授だの文化庁長官などという権威を手にすれば人はだめになるのか?せめて嘘ツキクラブの部長ぐらいでいたら、もっと違っていただろうに。


生きているなら、京都大学までこのことを本人の前でいいたい。

卒論が複雑怪奇になってしまうのはあなたのせいです、なんていったら、どう返されるだろうか。

お墓参り

2008年12月13日

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朝から食堂でクッキーを作る。

午後から後輩の車で飯綱へ。

二時間くらいご両親と話しただろうか。辺りが暗くなるころお墓へ。三回目かな、ここにきたのは。たまたま月命日だったので、ご両親は墓前で般若心経を唱えた。

飯綱山からそよ風が吹いてきた。

生前、もっとたくさん話をしたかった、と痛切に思う。

夜は夜のつぶやき

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●本日は診察。「とりあえず生きていられるから大丈夫」、「簡単に治らないから、我慢してあきらめなさい」といわれ、笑ってしまう。パキシル10mg減薬へ。五千円近い医療費用は、この程度の助言と製薬会社に支払われている。


●帰ってそうそう寝る。夢を見る。亡き先輩らしき人?(髪型や面影が違った)が亡霊になって出てきて、僕は仲間と一緒にその人を囲んで楽しく話している。お父さんはたまらなくなって泣いている。なぜかお父さんには見えないのだ。僕は亡霊の様子を伝える。明日寮の仲間と飯綱に行くからきっとこんな夢をみたんだろう。


●深夜、目覚めて卒業論文、子ども死生観について書いているところ。死んだ人が生まれかわると思っていることが、命の軽視に繋がるなんて単純なことはいえない。問題は、このような意味の薄い調査をして、道徳教育で心を扱うことが、問題の解決に繋がると考える思考だ。こころは直接的な働きかけで変わる部分もなくはないが、大部分は日頃の生活の経験の収束であるからだ……と、こんなふうに文章がひとり歩きして、思考の過程を記したもので終わりそうな気がする。それは果たして論文といえるか。まだ数ページしかかいていない。間に合うかやや不安で気が重い。


●愛しい、と書いて「かなしい」と読む。なんとなくわかる気がする。かなしむことは必ずしも悪いことではない。かなしみは隠すべきではなく、共有してこそ、そこに癒やしが生まれるものかもしれない。

伊那行き

2008年12月10日

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伊那の名物、"じゃんかつ"というものを食べた。ゼミの同期と。

ご飯三合のうえに、二人前くらいのカツがどかんとのっている。これだけ食べれば、一週間なにも食べなくても平気な気がするほど、もったいない量なのであった。


4人注文したが、体重の一番軽いみみずくだけ完食した。油がふつふつと体をめぐっている気がした。最近、玄米と野菜ばかり食べていたからよけいに。……ごちそうさまでした。もうこれ以上も新しく望むものは、なにもないです。


食べた以上、そのエネルギーを有効に使わなくては豚さんに申し訳がたたぬ。だから、……今はお腹が苦しいから……明日から、頑張ろう。

それに今日は、いろんな人たちと接して、自信をもらえた。伊那と長野の往復、話せる時間はたくさんある。


いただいて生きている。与えられて生きている。支えられて生きている。と、感謝しつつ眠りにつく、夜でした。

Just what you need. Cookie Break!

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今日は寮の集まりがあったので、土曜日に飯綱へ行く人を呼びかけた。


そして何をもっていこうか話した結果、クッキーを焼こう、ということになった。クッキー。なんだか明るい感じでいい。作ったことないけれど。クッキーだって!!考え
ただけで楽しくなる。いいアイデアだと思う。


寮の仲間の力、大きい。一人では、できないことが、できる。


きっとよろんで下さると思う。そして元気がでるよ。みんなでクッキー食べれば元気がでるよ、きっと。


とことん甘いのをつくろう。頭が甘さでいっぱいになるくらいの。よし。

22歳

2008年12月8日

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最近、感謝することを忘れている自分。
自分のことばっかり考えている自分。
レポートを書きながら、進路の事をもやもや考えていて、何とはなしに22歳と検索してみた。

晴海22歳の闘病日記 ~死ぬまで生きた~
http://ameblo.jp/toubyou/
11月25日、僕は癌だと告知を受けました。長ければ半年もつそうです。やりたいこととかまだ、思いつかないけど、何か記録をつけたいと思いました。


同じ歳で、こんなことを考え、生きていた人がいたことを知る。
はっとさせられた。

飯綱町から

2008年12月3日

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夕方、見慣れない番号から電話。先輩のお父さんからだった。


たくさんの野菜とリンゴを寮に届けて下さった。なんてお礼をいったらいいか。


昔の事務当番日誌があったから、お見せした。たくさんの書き込み。なにかもう字のかたちだけで、わかる。間違いなく、生きていた証。


今度お会いするときまでコピーしておきますね、と言った。やっぱり欲しいそうだ。あたりまえだよ。かけがえのない娘のものだもの。

「いつでも遊びに来て」といって下さった。寮をでていく時、お父さんの後ろ姿は、すごく寂しくて切なかった。もう、僕はどうしたらいいかわからない。


先輩、いま、どこにいるの? なにをしてるの?


お父さんの姿をみると、なにもしないではいられなくなる。けれど、自分に、なにができる?


なにができますか?


それは、これからもずっと先輩の家族と関わりを持ち続けていくこと、なのかもしれない。

君津から長野へ帰る

2008年11月30日

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昨晩、上総の山のなかの一軒家で夜を明かした。雨が降ったので、結局テントは使うことなく終わった。シュラフも。余計なものを装備していて肝心なものを忘れることがある。


昨晩、夜中にてひどい発作をおこしてしまった。あいにく薬を持っていなかったので、息ができず、死ぬ思だった。過呼吸か、喘息だと思う。喘息のばあいまえの医師はためらわず救急車を呼べといっていたが、さすがに、できなかった。


今朝、鴨川まで降り、救急病院へ連れていってもらう。救急外来は大学にはいって二回目。前はバイト中に指をつぶした時。絆創膏をはっただけですんだが。


喘息のほうは噴霧した薬剤を吸って、ステロイドの点滴をうったら、すぐ症状が収まった。


ひどい喘息の場合、噴霧がきかないことがある。小学校のとき下の学年の女の子が、救急車のなかで亡くなったのを思いだす。常備薬は常に持ち歩く。野外での基本事項を、僕は、忘れていた。


いまから長野へ帰る。

きさらづのねこ

2008年11月29日

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夜更けの汚れた街に、猫一匹と、一人。


猫はちゃっかり荷物の上に乗っかって、動こうとはしない。じっとしてなにかに耳をそばだてている。


猫はノラだが毛並みもよく、少し太って幸せそうだった。「幸せ」という概念をもたないからこそ、幸せそうに見えるのかも知れない。


逆に不幸を嘆いている猫なんかいない。むかし病気で歩けなくなった猫を家に持って帰って介抱したことがあったが、あのとき猫は、歩道橋の下で、通りがかった僕に何度も鳴いた。鳴いたのはそのときだけだった。自分を助ける行為として、鳴いたわけで、まるで、嘆くという、およそ現実を変ることのない行為は生きぬくために他に必要な努力のために省かれているかのようだった。

金曜日の思いつきと木更津の明けない夜

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また金曜日がきた。明日は寮祭の最終日で、善光寺の参道を雑巾がけするのが寮のならわしだが……
衝動的にどこか遠くへいきたくなり、夕方の高速バスに飛びのってしまった。いま千葉にいる。今日のうちに君津にいけるだろうか。
街のいちばん大きな交差点で騎馬戦ができるのも学生のうちだけだが、こうも無計画に行動できるのも、おそらくは、いまのうちかもしれないと思った。
とにかく、いま、姉ヶ崎にいる。右にいくも、左にいくも、勝手きまま。



久留里線、わずかな差で終電……木更津どまり。

駅で夜をあかす気力もなく、ビジネスホテルをさがすことに。これじゃ明日の朝、新幹線に乗っても、そっちのほうが安かった……てか、なんのために三キロもあるテントとシュラフをもってきたんだ?


木更津駅前にらしきものがない。さまようこと二時間。よくあることだ。


……ラブホテルがたくさん(汗) かつてのユースホステラーが、ここに甘んじていいのかと思ったが、僕ももう年だ、ええい、入ってしまえ。


一件目。入り口にたつとごごごご……という音をたてて巨大なカーテンが自動的にあく。なかには怪しげなネオンが輝き、車がびっしり。無人。なおかつ満室。きっと必死になって少子化対策に貢献してるんだろう。別をあたる。


二件目。ここも駐車場がいっぱい。出会いがしらに手をつないだ、若いカップル。みみずくはテントを背負い、ジャージ姿。あからさまに気まずいぞこりゃ。


ここはフロントに人がいた。


みみずく「…あ、あの一人なんですけど、泊まれますか? 電車逃しちゃって……てへへ」


なにがてへへだ。


受けつけのお姉さん
「すみませんね。週末で混んでて、7000円のお部屋ならありますが」


みみずく
「……あ、え、あのう、そんなに……てへへ」


厚かましくも、安いビジネスホテルの場所を教えてもらいましたとさ。


くそ、無駄金つかった。いつもの二番の深さで寝てやる。

ウイルス感染

2008年11月26日

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どうも、軽い風邪をひいてしまったらしい。僕はまず喉のいたみから始まることが多い。今は頭がぼーっとする。


風邪の原因は、ウイルスの感染である。寒さとか栄養不足は二次的な原因であって、それだけでは風邪にならない。ウイルスは自然発生しないから、特殊な場合をのぞき、人から直線的、間接的にうつされたことになる。

これが新型インフルエンザだったら……


WHOの試算だと確か新型インフルエンザの致死率(どの型か忘れた)はこれまでのインフルエンザよりはるかに高い、60%台だったように思う。


感染が爆発的に広がることをパンデミックというそうだか、これは近い将来、確実に起こるといわれている。パンデミックが起これば、最悪のばあい、社会機能が停滞し、人々のあいだで食料確保などの目的で暴騰や略奪がおこるといわれる。


危機に直面した時、仮面をつけない人間の素顔がみえてくる。


自分が生きるために、自分がどこまで悪になるのか、考えてみるだけで、ぞっとする。


風邪対策はしっかりしよ。

2008年11月23日

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ははあ。今日も無駄な1日を過ごした。生まれてから指おりに数えられるほど、じつに今日は有意義な時間を浪費した。


しかし、うっかり小説なんか読んでしまったので、場合によっては、もっと無駄にできる余地はあった。

時間をなにもしないで過ごすのは、思うに、最高の贅沢である。


「寝るより楽はなかりけり。浮き世のばかは、起きて働く」


のこり数時間あるが、間違っても机にむかってはいけない。卒論のことなんて考えてもいけない。外にでてだれかと話そうなんてもっての他!


無駄な時間を与えたもうた神に感謝し、きたるべき困難に備えて惰眠をむさぼるべし。

なにもない日中

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部屋の奥まで、冬の日差しがとどく。

漠然とした不安。

高校生のときに買った、大江健三郎の本をひらく。知識人のことばは、平易に書かれていても理解できない。

なにもする気がおきない。

鏡をみる。生気のない醜い顔。

ウクレレをかき鳴らしてみる。陽気なはずの楽器がどことなく陰鬱な音をたてる。

窓をみる。雲が東西方向にがゆっくり流れている。

遠くで犬の吠える声。部活動をやってる声。天井のボイラー管を伝わってかすかに機械音。

鳥が少しなく。風がそよぐ音も。

時間は刻一刻とすぎ、日は傾いてゆく。広大な時間の流れに、身もこころも溶けてしまいそう。そうだ、溶けてしまえばいいのに。

何か危機的なことが、こうしているあいだも、じわりじわりと迫ってくるような気がする……

タバコをのむ。悪しき習慣。しかし結局人はだれしも慢性的に死にむかう病にかかっているともいえる。

だからどうというわけでもないのだけど。

昼だけど寝ようか。それがいまできるもっともうまい時間の過ごし方。

寮祭だよ

2008年11月21日

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今年も、みみずくの住む寮の祭の時期がやってきた。 去年は善光寺の参道を雑巾がけしたり、町を練り歩いたり、スクランブル交差点で騎馬戦したりしたっけ。 元気だったから、たくさん仕事もしたし、楽しかった。

今年は休学しているあいだ、顔の知らない仲間がずいぶん入ってきて、うまく溶け込めるかどうか。それに、ばか騒ぎする元気が、もう、ない。べつに精神的に大人になったからでもない。単に歳をとってしまったからか。悲しいことだ。

大人数の飲み会は、というより大人数のなかにはいることは、かなり苦手だ。
そういう人は、じつは結構多いらしいけれど、数日前から、そのことを考えるとおなかが痛くなるくらいだから、よっぽど苦手らしい。ビオフェルミンを飲んでもきかない。飲み会が毎週あれば、一年中腹痛ということになる。

明日から、部屋にひきこもらないで、できるだけ、参加しよう。一歩踏み出さないと、なにもはじまらない。あまり深く考えないで、とりあえずは、外に向かおう。

・・・てなことを考えているくらいだから、やっぱり負担なんだよな。
いつから、こんなふうになっちまったのか。

魔女鍋?

2008年11月18日

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冷蔵庫の一斉開放。

野生のナメコ、エノキタケ、イカまるごと一匹、泥ネギ半分、本来処分されるの牛のどこかの肉を少々、キャベツの芯を最後にいれ味噌でぐつぐつ煮込む……。

赤いスープから、面妖キッカイな香りがたつ。

白いエノキが赤くなる。
海の軟体動物と山の菌類の組み合わせも……ただならぬ妖気を発している。

これを食べれば万病もたちどころになおるか、もしくは、たちまち頭が錯乱して、踊りだしてしまうかのどちらかであるように思われた。


食す。


……別になにも起こりはしなかった。


野生のナメコは、長野ならでは。本当に良い香りがして美味しいです。

人生長いのですから……

2008年11月17日

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教師を志望し、採用の決まった教育学部生の熱いスピーチを聴き、ひそかに凹む。気概も能力も、はるかに劣ってるような気がして……


…帰ると、祖母から手紙が。


「人生長いのですから、気を大きくもって進んで下さるよう…」


御年八十二歳。八十年はさぞ長いことであろう。……うぬ。こちらもなかなか説得力がある。


精神の病をきたすから、バイト先のコーヒーで中毒にならないように、ともあった。


うぬ。もう、なにもいえぬ。


明日のことを気に病むのは、すこし寝てからにしようか。

安曇野の庭で

2008年11月16日

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自ゼミ企画。自転車で穂高町から豊科の廃線後、白鳥湖をまわる。


高い木の梢にとまるさぎの白い翼が、安曇野に冷たい冬を運んでくるよう。


柿や野生の、のびるなどを採取した。のびるなんて最近はめったに見かけなくなったし、知っているひともほとんどいなかった。


小2の時、担任先生に連れられて、学校の裏山をのぼって、湘南の海が見える公園にいき、みんなでしいの実やサクランボ、のびるなんかを探して食べたっけ。


あの頃が懐かしい。新鮮な驚きは、時を経ても鮮明に覚えているものである。いま、当時のみんなはどうしているだろうか。今となっては、それを知る手がかりもない。


みみずくは、来年、自分が生まれた逗子に戻ろうと思う。もしかしたら、クラスメートの子どもにあうかもしれない。

金曜日の朝

2008年11月14日

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金曜日は終わりの日。


旭山の紅葉が燃えるよう。ここに来たばかりのとき、あの中腹まで登ったっけ。


明け方、あの山に月が沈むころ、あそこから鹿らしき動物の鳴き声が聴こえる。時々、フクロウか、ミミズクの鳴き声も。

さすがにそんな時間は寮もひっそりしていて、夜更かし好きの彼らに親しみを覚えたりする。


千年まえもあの山があったように、千年たっても、あの山も空も、月も星も、きっといまとたいして変わりはしないだろう。あと千回、木々が赤や黄色に染まるあいだ、人間は、この山の麓で、目まぐるしく、現れては消えていく。


そのなかにはきっと一人くらい、あの紅葉をみて同じことに思いを馳せる人もあるかもしれない。