昨晩の総会で、第68期はおわった。
決算は、生来の心配性が功を奏したか、無事可決された。
今日は久しぶりに松本へ行く。
明日は附属小の公開研究会。
夕方に友だちに石油ファンヒーターをとどけ、事務当番をすませたら、
再び松本へ行く。
めまぐるしく忙しい11月・・・
今宵も月夜に導かれ、
あっちの止まり木へふわり、こっちの止まり木にふわり。
いったいどこへ行き着くのやら。
そんな「月夜のみみずく」の自分のための備忘録
2007年11月16日
2007年10月27日
・・・てな酔狂を書いてやっと一人からコメントがくるこのブログ、存続の意味はありやなしや。
1階への引越しがまだ終わらない。自分の荷物を引っ張りだすと、どんなに時間があっても足りやしない。トランク一つひっさげて、一人暮らしをはじめたのがかれこれ3年前。いまやなにに使うのかわからない無駄なものが部屋中あふれかえっている。手紙や写真などはことに、捨てるのに勇気がいる。
火事になって全部燃えてしまわない限り、こんな手紙とか色紙とかバラバラになった日記なんかを終生大事にしておくんだろうな。月夜のみみずくは、過去にしがみついて生きるタイプであるから。
本当に自分に必要なものを選りすぐって残すのは難しい。
残ったガラクタは自分の映し鏡。これからも雑多なものに囲まれて生きていく。
2007年10月26日
下駄箱に投げ文が一通。
月夜のみみずく:「なんじゃ? 金の請求か? はてまた嫌がらせか?」
中身を読むと、ほかでもない、これは正真正銘のラブレターだった。
差出人は不明。
どうしようっかなーあ。
2007年10月25日
2007年10月23日
「よりよい教師になるためのチェックポイント10」
これを未明までに仕上げなければ卒業できない。
10項目に解答欄がそれぞれ3ずつあって、計30のセルを埋めていく。
項目1 教科内容
説明 「教師は、自分が教えそして学習経験を創造することのできる、その中心的概念、探究の方法、学問領域の構造を理解している。ここでの学習経験とは、教科内容に関するこれらの側面を子どもたちにとって有意義なものにするようなものである。」
①教育実習前に経験したこと・抱いていた考え方
②教育実習中に経験したこと・学んだこと・実践したこと
③今後の課題
月夜のみみずく:「・・・説明の説明が必要だ」
ぶつくさ文句を言いながらそれでも30すべての項目を埋めた後、結果的には実習を振り返る機会になっていたことに気づく。
一見意味のないような課題も、まじめにやれば、なにかしら学ぶものはある、かもしれない。
2007年10月20日
きのこをとって、いま長野へ帰ってきました。
で、なにとはなしに高校時代の友だちのブログを見ておったまげた。
彼は僕が信大にもぐりこんだ年、自他共に認めるまぐれで外大に奇跡的に合格し、最近留年を確定したという。だがここでいいたいのはそんなことではない。
外大の英語科の過酷なカリキュラムにも驚くが、とりもさてなお驚かせられるのは、蔑視のうずまく環境に身をおいて、自分のペースをひたすらに守り続け、確実に成績を向上させていることだ。
これまで「この人は凄い」と思った友人は何人もあるが、ここまで来ると、驚愕。勇気をもらいました。
このブログを見ていて、「ああ自分はまだまだ、まーだまだ」と思う。 僕もちょっとがんばろっ。
http://www.y-o-y.org/
2人とも、誕生日、おめでとう。
友だちである事を誇りに思います。これからもよろしくね。
そして明日は、きのこ企画!
深夜1時の時点で、幸い雨も上がったようで、明日はたぶん決行だね。きのこももちろんそうだけど、百瀬さんもきてくださるようで、一年ぶりの再会が楽しみです。
2007年10月18日
後輩のプレゼンのため、松本へ行っていま、帰ってきた。
まもなく朝の5時。
夕方、卒論の中間発表会を途中に抜け出した。
学部祭も手伝ってない、学科のボランティアをやってない、
そんなわけで、どことなく学科で浮いている自分。
仕事をなにもしていないわけだから当たり前だ。
時々思う。いっそどこの団体にも顔をださないで、だれとも関わりを持たないで、
毎日、部屋にこもって本でも読んでいたい、と。
自分のためだけに時間を使いたいと。
けれども、それは自分に対する逃げにすぎない。
他区から深夜2時まで松本で話し合いを重ねている後輩たちの姿を見、
非力ながらその力添えになっていることを思うと、
無駄なことは何一つないと思える。
このゼミの人は、人前で弱音をはいたり、言い訳をしないことが多い。
自分はしょっちゅう弱音をはき、言い訳ばかりしたくなる。
もちろん溜め込むことはよくないけれど、
自分の問題は自分で解決し、それよりもだれかが本当に困ったとき、
さりげなく助けられる、そんな人間になりたいものだ。
え? 無理? 頑張ります。
2007年10月15日
実家から荷物が送られてきた。
箇条書きの手紙が添えられてある。
コピー用紙に赤のボールペンで。
こんなもの人にみられたら大変だと思い捨てようとしたが、気づけば机に貼っている自分。
・柿と梨は早く食べて下さい。
・洗剤とセッケンは袋の中にあります。
・魚にはDHAがたくさんあるので頭が良くなるよ。
・採用試験まであと9ヶ月 これから寒くなると眠たくなるけど自分に厳しく合格(神奈川県)めざしてガンバッテ下さい。友達とおしゃべりしていても人生は開けません。臨時教員なんていう甘い考えでいるなら民間に行って下さい。
・栄養ある食事をして体に気をつけてね。
いつになっても親からすれば僕は心配のたえない子ども。
たまに実家にかえれば、「お前の考えは甘い!」説教にはじまり説教におわる。
聞いていれば、確かにその通りだという気持ちになってくる。
生活費のすべてを自分でまかなっている友人が多い中、まことに恥ずかしい話だが、両親からは学費・生活費はすべて面倒見るから、バイトなんかしないでひたすら勉強しろといわれる。そんな母親自身は、大学時代、バイトにあけくれ、手がけた職種は50を超えるとよく自慢していた。
それに甘んじ、月二万ほどは自分で稼ぐが、あとはほとんど依存しているといっていい。
僕がいつか結婚して、子どもをもったら、両親と同じように子どもに言うのだろうか。
さすがに友達との交流を断って勉強に専心しろとはいわないまでも・・・
親、兄弟を疎ましく思い、それから逃れるのが信州に理由の一つだった。
そして大学生活も(予定では)残り半分をとうにきっている。
祖母は帰るたび「遺言」といって「かえって来い」という。
もっともばーちゃんの遺言はいつものことで
「朝起きたらまず口をゆすげ」とか「早く嫁さんつれてこい」とか
(どちらも守ってないけどね)
高校時代ボランティアをしていた僕にこんなことを語った。
「おまえは外面だけだ うちでの自分がほんとだ それが教員になったときもあだになる」
僕はいつまでも信州にいたい。それが親不孝になるのだろうか?
親から見れば心配な子ども、ではなくて、実際僕はまだまだ浅はかなんだろう。
2007年10月14日
木曜夜=自ゼミ後期はじまる。松本行き。
金曜夜=松本入り。自ゼミ17期の集会。
土曜日午前=松本短期大学文化祭へ
午後=寮長会議のため伊那、中原寮へ
夜 =友人の誕生日を祝う。
日曜日未明=帰宅し、討論番組を聞きつつ今に至る。
今日は、机に向かうつもり。漢文学と古典の予習をしよう・・・
でも大学祭の専攻の模擬店から出頭要請が来ている。
さすがに自分だけ何も手伝っていないのはまずいよな・・・
どれもこれも大切な時間だけれど
いくらなんでも一人の時間が少なすぎる。
過ぎ去った時間は、それがベストだった。
いま、この瞬間、一番に自分はなにを優先すべきなのか、
考え行動できるようになりたい。
2007年10月11日
2007年10月10日
金の勘定をしてたら疲れてしまった。
なんだってこんな1円の違いに神経質になんなきゃいけない?
とはいえ仕事は仕事、おのれをだましだまし、していくほかない。
あと少しでこの仕事は終わるのだし。
最近、意味のない言葉があふれてくる。頭が働いているのだかいないのだか。
まるで論理と正反対。
最近、夜更かしをする。朝がいつまでも来ないような気がして。
最近、昼寝をしてしまう。夢うつつの状態が現実になるような錯覚を覚えて。
もう少ししたら目覚めよ。
そう思って正気に戻るのは何ヶ月先のことだか。
新しいバイトでも探そうか。
ぽつぽつ浮かんでくる意味のない戯言を消化しながら、
僕はまだ寝るのを渋っている。
2007年10月8日
絵を描こうと思って、古新聞を机に広げた。
机に座るたび、ぼっとして昔の記事をなにとはなしに読む。
「強い感染力 大流行 ノロウイルス」
「教育再生会議 学力向上を重視」
「ドクさん結婚」
ベトナム戦争で撒かれた枯葉剤の影響で結合双生児として生まれたベトちゃんドクちゃんのドクちゃんのほうである。 兄のベトさんは寝たきりで、弟の結婚もわからないとある。
今日は何度も披露宴の写真をみていた。そして何気なく見たニュース。ベトさんが亡くなったことを知らせていた。
双子よりもっとも近しい兄弟。その相方を失った気持ちは、計り知れない。
2007年10月3日
外には鈴虫の音、窓から吹き抜ける風に秋の深まりを感ず。書物を片手にしばし学問の世界に身を任せ、ふと窓の外に目をやると、ああこれが中秋の名月か、うす雲の中におぼろげに輝き・・・・・・ あ、電話が鳴っている。これは彼女からに違いない、「今すぐ逢いたい」 おおよそ内容は見当がつく。そう直感して、、、そう直感して、、、ん? あれれ?
ふと我に返る。
外から聞こえるのは、どっかの部屋で飲み騒ぐ男たちの叫び声、ないしはマージャン牌のガチャガチャという音。窓のから吹き込む冷たい風はタバコのヤニの香りで部屋をいっそうかき乱し、数学の問題集にもともと素養のない頭は疲れ果て。ふと窓の外を見やると、月の影カタチすらみえぬ。むしろもう新月だ。それだけならまだしも、ぶんぶんと窓を開けた瞬間、進入してくる蛾やら蜂やら蝿やらやら。 ・・・・・電話は確かに鳴った。内容は要約すると「遊んでないで、勉強せい、帰ってこないと、どうなるかわかるな、覚悟しろ?」 実家からである。
あー? それになんだ、だれだ“彼女”って? おまえは何様じゃ。戯けたことを言っるヒマがあったら、数学の問題を解け。なに? 二次関数の解の公式? おぬしはそんなとこまで忘れ朽ちたか!!!
(答弁)それでも昨晩は机に向かったのだ。そうしたら、飲み会に引っ張られ、それでもだ、今日という今日はは2時間机に向かったのだ。そうしていると、昔の悪い癖、普段はなんもやる気がないのに、この場に及んで本が読みたくなったり、絵を無性に書きたくなったり、なんか飲みたくなったり食いたくなったり、風呂にはいりたくなったりするのである。
結局、欲望の思い浮かんだ順を逆にたどり(それも忠実に!)風呂にはいって、飯食って、画材をあちこちから引っ張り出してきて机の上に広げたまではよいものの、いっこうに絵どころか落書きすら書かず、気づけ最近食堂で拾ってきたテレビなんかを見てほくそ笑んでいる自分・・・・・・
最低だ。
僕はまっとうな人間になれない。
これはエジソンだかソクラテスだか、荻生徂徠に言わせるところの<たい落>だ。ええい、「タイ」の字まで忘れてしまった。
アナウンサー:「ええ今月のラジオなんちゃって電話人生相談は、長野県長野市の<月夜のみみずくさん>から、自分の部屋で 勉強が手につかないというご相談です。ははあ、これは大学生さんからですかね。ねー、最近の大学生は、ちっとも勉強しない。私なんかの頃は自分で学費を稼ぎ、これでもかというくらい苦学しましたけれどね。」
月夜のみみずく:「僕は意思が弱いのです」
アナウンサー:「意志が弱い、なんでもこういって言い訳するんですよね、口だけでなにもやらない人間は。おまけに<意志>という字も間違えてる。どうでしょう、先生、ご回答をお願いします。いやくれてやってください。」
心理相談家:「うーむ。処置なしですね。はい、次の相談は?・・・・・」
季節の移り変わりに伴い、かようにして僕の精神状態は不安定である。
2007年9月25日
2007年9月17日
さーあレポートでも書くか、その前に一眠り・・・
と気づいたら空は薄暗く、夕方の四時。また寝過ごしてしまったようで・・・
風林火山を見つつ、大学にこもりパソコンに向かうも、すすまず。
気がついたら棚にあった「実存」やらニーチェの本を斜め読みして、ぼーっとしていた。
うぬ、この世の中、わからないことが多すぎる。
哲学書を紐解いて、いつも思うのは、自分の無学さ。
左も、右もわからない。いや、わかろうとしていないのかも。
あーあ、理解できる頭がほしい。
僕はいつからこんなに頭がわるくなったんだろう。
元からか(#タメイキ)
2007年9月15日
つまり、本音を申すと、みんな、実習の最後に言葉につまって泣いたとか、感動したとか、教師っていいねとか、手紙もらってうれしかったとか、いう、話は、僕の前では、頼むから、しないでくれぇぇぇ、す・る・なぁぁぁ
自分のよかったことはよかったこととして。 まずかったことは、これからまた一年かけて改善するとして。誰とちがってもいい、だれしも自分のペースで、すすめばいい。そのペースをみださないでくれ。
もちろん感動したこと、涙を流したことは貴重な経験だよ。でも心のどこかでは、感動や涙に隠されて見過ごしている何かだって、あるはずじゃないのか。そう思わなくちゃ、嘘だよ。進歩できないよ。
結局、うまくいかなかったから、僕が他と違うから、ひがんで言っている? それも少しは、いや多分にあるかもしれない。醜いね。自分の醜さを知るのはしんどい。月夜のみみずくとて人間。でも・・・・・・そう、次に来ることばは「でも」だ。でも、そういったひがみを抜きにしても、まったく見当違いなことを言っているとは思わない。
これを読んでいて、なにをかいてるかわからない方も多いと思うので、実習の話はたぶんこれで終わりにしたいと思います。失礼しました(mm)
教育実習が終わり、昨日今日はぼんやりした二日間を過ごしていた。
聞くところによると、途中で挫折した友もいたということ。僕の場合は幸い、それほどまで大きな失敗もなく、途中いろいろ壁はあったけれども、とりあえずは最後の日を迎えられたわけだから、幸せなのかもしれない。
最後の週は毎日2時間も眠れなかった。授業に苦戦している様子をみた子どもたちは黙ってポンと肩をたたき、僕を励ましてくれたりした。
「頑張った分、いまは充実感にあふれている」・・・・・・よく聞く話だが、そんな単純な話ばかりではないと思う。正直なところを申せば、実習を終えて、将来自分が教師になってしまっていいのか、子どもためになることなのか、むしろわからなくなってしまった。簡単にいえば、自分なんかが教師になってしまっていいんだろうかと思う。
もちろん別の選択肢を考えているわけでもないから、そういう思いと向き合うのは、つらい。つまるところ、自分が世の中に役に立つか、あるいはまったく役立たずかのどちらかを知ろうとしているわけだから。
実習1週目で、崩れかけていたとき、ある先生からこんなメールが届いたのを思い出した。 Kくんレポート受け取りました。ごくろうさまです。内容はもちろん合格点です。ちょうど実習を振り返るような中身になったかもしれませんね。私が知っているKくんは、教師に向いてないことなんて、ぜんぜんないと思います。それでもKくん自身がレポートで書いているように、悩み揺れることが教師という職業の宿命なのかもしれません。悩み続けられる教師になれたらいいですね。苦しいですけど、やりがいのある仕事です。
・・・実習を通して教師になることを確信した仲間を潔いと思う。同時に自分のほうは・・・と考えると焦る気持ちもおさえきれない。僕はそんなに潔くはなれなかった。先生は悩み続けることこそ、とおっしゃっていた。それが本当なら、この実習はある意味で成功だったのかもしれない。
教育実習Ⅲ期が終わった。
27日(月)
社会 友のために伝えるために知る 近代日本を作った人々の姿
29日(水)
国語 情景をイメージできるように伝える 『森へ』
30日(木)
体育 仲間と支えあい調和する 美と力
社会は渋染め一揆を通じて、江戸時代末期の幕府の衰退を伝えようとしたが、子どもたちの意識は渋染め一揆にあつまったようだった。学習材が差別の問題を含んでいたためだろうか。
国語は流木を通して、さまざまな感覚表現を文に昇華しようとした。数人の子は文章が変わった気がする。発表を断ったある子は「俺が発表する義理はない 先生の胸のうちにしまっておいてくれればいい」と語った。
組体操は、3クラス合同。扇のポイントを出し合い、練習した。なかなか挙手して発言しないのが6年生。勇気を出して、どんな小さななこといい、全体の場で発言することが、本番での演技に大きく響くことを、個人的には一番伝えたかった。
三週目にして、クラスの子とまだまだ大きな壁を感じる。キャンプインストラクター要請講座でゼミの大先輩がいっていた「すべての子から好かれるのは無理かもしれない でも自分がすべての子を好きになることはできる」という言葉を思い出した。
合間に大村はまさんの最期の講演集「忘れえぬことば」を読む。珠玉のことばが、心に響く。表紙の夕暮れの横浜港の絵が、自分の育った故里を思い出させる。毎年、祖母と一緒に花火を見にいったっけ。祖母も小学校の先生だった。最初の記憶は迷子になったこと。最期の記憶は夏休みの宿題のことでいらいらしていたこと。昔、僕も君たちとおなじ子どもだった。そうこうするうちに、いつの間にか大人になった。なにがかわってしまったんだろうか。そこに子どもと壁をつくってしまうひとつの原因があるような気がする。
9月に入り、実習も残り半分をきった。仲間の研究授業があり、それと自分の作業をうまく平行していくことが求められる。
4日(火) 道徳 相手とつながることの喜び
5日(水) 図工 私の願いに色をつける 私のなりたい『木』
7日(金)
社会 友のために伝えるために知る 近代日本を作った人々の姿(2)
子どもたちとの関係は膠着状態。……後輩との関係が悪化し、ただそこにいるだけで針のむしろに座しているような思いをした経験があった気がする。そのとき僕はどうやって乗り越えたんだっけ。
そのとき僕は、ひとりひとりの後輩と、1対1で、片端から、話しかけていったんだった。
40人の子たちたちいとりひとりに、もういちど接しなおしてみようと思う。もちろん、うまくいくとは思っていない。そのときはそのときだ。



