今宵も月夜に導かれ、

あっちの止まり木へふわり、こっちの止まり木にふわり。

いったいどこへ行き着くのやら。

そんな「月夜のみみずく」の自分のための備忘録

聖母マリア

2011年10月20日

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中央のステンドグラスから朝の光が小さな聖堂のなかにいるみみずくたちを静かに優しく照らしていた。


外は潮風が少し冷たく強いのに建物のなかはの空気は静まりかえっていた。キリスト十字架、左右に偶像、片方は赤子を抱いていたから、マリア様と思われた。岩戸の下で、星の輝きのもとで、羊たちに囲まれるなか、神の子を身ごもった女性。


午前は利用者を連れて短いといっても2回も散歩にいけた。特養で半年かかって2回しか散歩にいけなかったことをしぶしぶ思いだす。比較すれば劣悪とは決していえないけれど、人生のついのすみかとしては少々寂しすぎる場所だったかもしれない。

徐々に仕事がわかってくる。コミュニケーションなどできないのではと疑った子どもたち、大人たちは、言語を超えたあらゆる次元の方法で、意思疎通をしているらしい。ただまだ、日の浅いみみずくはまるで突然異国に漂着したように、その一部しか垣間見えないけれど。


はやく仕事を覚えたい。
ことに自分より年下の小さな子どもにたいしてその仕事とは、決して親にはなれない、けれども親的な役割を担うことであり、ときにはそれ以上である。

手紙

2011年10月16日

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手紙を書く。


手紙はご無沙汰だ。
みみずくの好きな遠藤周作に触発されて、怠け心に打ち勝ち、文をしたためる。


相手は、大鬱病のときに、面会にきてくれた大学の教育社会学の先生と、そして寮でお世話になった亡き先輩の両親へ。


あなたさまのおかげでいまの私がいます。あなたがいたから、みみずくはいま、なんとか生きている。伝えたいのはそれだけ。


小さな命を守る重心の仕事、二週間たった。


みみずくは、毎日強い海風に吹かれて、日々強くなっている。

あるいは強くならなきてはならない。

鈴虫の音とともに…

2011年10月14日

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夜ベッドに寝そべっていたら、窓の外からもろに女の人のあえぎ声が聞こえ、思わず、窓のそとをみる。性に目覚めた思春期の少年ではあるまいに、ちょっとどきどきしたりして。


壁の薄い、築年数100年の浅間温泉時代の下宿を思いだす。ベニヤ板には画鋲の穴が、まるで天の星のように無数にあったっけ。


性の営みに、みみずくは死を連想した。


もしも、生きる目的がセックスをし子孫を残すためで、生命はより環境に適応した強い遺伝子を運ぶためだけの舟だと考えるなら、人間や生物はあまりに哀しい。哀しすぎることで溢れてしまう。


けれども。生きていることは、それだけで世界に影響を与える偉大なこと。そう考える。だから文字通り死んでしまったひとですら生きているといえるし、私を励ましてくれることもある。世界を変えている。


重心の子どもたち大人たちは、助けがなければ生きていけない。自分から主体的に発信することもままならない。


けれども人間対人間の双方向の関わりやぶつかり合いから生まれるさまざまエネルギーは、社会にでることのほとんどない閉鎖的な空間すらを越え、この世界を少しずつ変えていく。


……今まで気がつかなったが、おかげでうちの二階の窓から江ノ島の回転する灯台の明かりが見えるけとを知った。


以上、性と死に関わる連想のお話でした。妄想にならなくてよかったわ。

初めての休日の日課

2011年10月6日

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海沿いの電車にのって、残した残務…交通事故の後始末や、銀行の手続きなどをして、


時間があったら仕事で推薦された専門書を買いに横浜までいこうと思ったが、くたびれてやめた。ネットが来週つながれば、わざわざ出向かなくても買えるし、それに、専門書を読む以前に覚えるべき基本的なことがたくさんあった。


新しい職場でフルに働けるように、日常生活では睡眠を充分にとり、なんらかの方法で蓄積された見えないストレスを発散し、余力を残すことを心がける。なおかつ、毎晩、腰痛予防の筋トレをする。部屋にはロフトがありそこからちょうどいいかんじに、金属の手すりが下にでていて、洗濯物を部屋干しできるほか、ぶら下がって、腕を鍛えらる。伊豆七島で登山をしたおかげで、半年の特養生活でなまった身体が、目覚めたようなかんじ。


そして、熟知するのに三年かかるといわれた利用者50人のリストをリフィルにして一冊の手帳を作る。


最後に、一年の封印を破り、8月から処方された抗うつ薬、向精神薬、安定剤を飲む。再発したというのではなく、引っ越しや転職などの環境の変化は、うつの引き金になるから、あらかじめの予防策としてだ。


不安定がなければ、いまのみみずくはいないし、いまの仕事もしていない。


たった一錠で人格が変わってしまう、精神薬の本当の恐ろしさは、特養で改めて知った。そして退職の間際、ある利用者の処方量減らすことを働きかけることに成功した。薬物は必要以上に、飲む必要はない。それは最終的には主治医が決めることだが、自立している人間の場合本人が決めてもいい。


そうして、今日1日生きのびたたことを感謝し、明日の幸運を祈って眠る。


いつからみみずくは神様を信じるようになったのか?

仕事

2011年10月1日

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特養に異動になる前、認知症のかたが入居するグループホームで働いていた。


仕事としての介護は初めてだった。認知症という脳の萎縮による症状に対面するのも初めてだった。(多重人格など精神障害には、自身が入院してやや理解があった。大学で留学する人より、隔離病棟に入院する人が少ないなんて!)


さてそのグループホームのアルバイト、思えば答えのない、難しい仕事だった。目的は、まざまな働きかけと受容によって、古いこばでいうとと問題行動、徘徊や暴言暴力など原因があって生じるさまざまな周辺症状を緩和すること、さらに生きがいや楽しみ、があって幸せと思える人生の最後のお手伝いをすることにあった。


それは理想であり、完璧に果たすことはできない。介護の途中に、こちらが理不尽に思ってしまったり、時間に追われ苛立ってしまうこともあった。受容することは、相手の生きてきた人生のエネルギーをまともに受けることで、生半可な気持ちでは続けられない。


おいしいといってもらえるような料理、きれいといってもられる料理の腕を磨いたり、夏を前に畑を耕したり、野原の花を摘んで飾ったり、楽器片手に一緒に歌ったりする。


嵐の合間に、そんな、小さな、ことをたくさんする。記憶はなくなっても、"感情のようなもの"は残ると思った。たとえばストレスはたまるものであり、忘れて0になるということがないように。


それが仕事だった。いいやそれは仕事というより、単純に人との人間的な関わりだった気がする。

明後日からは高齢者介護とは離れる。


でも福祉は身体のもつまでは、まだ辞めない。

式根島→鎌倉

2011年9月30日

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三泊の旅最終日は色根島で釣れない釣りをして、浜辺でごろごろして過ごした。


今回立ち寄った、神津島、新島、色根島はシーズンはずれのため、山でも海でもすれ違う人はまばらで、話した人もほとんどいない。


かつて流罪になったり、漂流したりしてこの島々で故郷を思いつつ生涯を閉じた人たち。


明治になって、ときに自然の恵みをうけ、ときには自然の厳しさに打ちひしがれ、島を切り拓いた人たち。


ずっと一人でそんな過去の人たちに思いをはせつつ、鎌倉に帰ってきた。


旅は終わっていない。来月からのここでの生活や仕事は、まだ未知だし、帰ってきた新しい家でかさえ、どこか知らない土地の宿のように慣れない。


だけど、「初めは危ない谷の小川の橋を渡るような心配事は、後に平和に収まる、迷うことなし」と、島の神社のおみくじいわく。神様を信じよう。

新島→式根島 荷物について

2011年9月29日

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旅の途中で、いつも思うのは、もっと身軽になりたいということ。厳選された本当に必要なものだけを残して。それは日々の暮らしでも同じである。


おおむね人は年齢を重ねるにつれ、所有する荷物が増えていく。それに加え、こころにもさまざまな記憶や感情も蓄積していく。


そしてそれは、時として身に余る重荷になることがある、


みみずくは思う。これは他の人に当てはまるかはわからないけれど、持ち物の多さ、は、こころに抱えこんでいるもの、に比例するということ。


家がごちゃごちゃものであふれていたとき、頭もごちゃごちゃしているように。


荷物もこころに背負い込むものも、取捨選択して整理しないといけない。


というわけで、今日は荷物を全部置き去りにし、服すらも脱いで海に飛び込んできた。


前述したとおりならば


浜は人もいないし水着も本当はいらなかっただろうにちゃんと履いていたのは、みみずくのこころが社会的な何かにとらわれているからかもしれない。

新津島2

2011年9月28日

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神津島2日目は、昼のフェリーまで時間があったので島を形づくる天上山に登った。

登山道入り口でで必要のない荷物を置いていって、標高572mを海抜0mから二時間かけて登る。山頂は、這松と岩と砂漠のような地形で、太平洋の天上のような世界だった。

港へかけて大きな崩落のあとがあり、昔この島の人たちが島を守るために大変な治山工事をしたとのことである。


こんな時期山にはいる人などいない。かつて伊豆七島神が持ち帰っていった残りの水だろうか。山頂には苔むした草むらのなかに小さな水たまりがあって、幾分ちかくなった空を映していた。

新津島

2011年9月27日

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神津島(こうづしま)泊

その昔、伊豆七島の神々が、この島の中央の山で、貴重な水の分配を決める会議をした。

結局、翌朝の到着順で分配を決めることになった。翌朝、御蔵島の神が一番のり。最後についた式根島の神が、ほとんどのこっていない水を見て怒って暴れ、飛び散った水が、この神津島の豊富な湧水になったらしい。

誰もいない、風の強い海岸を歩きつづけて1日が終わる。


こんな小さな島にも特養があること。そして島の小学生の元気なこと!


明日はどこへいこうか。

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竹芝桟橋のフェリーターミナルの猫。堂々としていて。

特養での仕事は無事終わり次の仕事まで一週間休みがある。

余りにも最後の仕事が忙しくて、計画なしの旅行。

芝桟橋からジェット船に搭乗して、行き先は一番遠いからという理由だけで神津島を選んだ。
74�/hでいま東京湾をでた。

おひとりさまの引っ越し

2011年9月23日

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台風は通り過ぎ、無事荷物は新しい部屋の収まるべきところに収まり、静かに沈黙していた。
  *  *  *


一軒目は、あえて下から攻める。ぴんぽーん。


無言…


二軒目は人気がない。ぴんぽーん。


がさごそ… そして静まる。


夜の8時。時間が遅すぎたか?三軒目は自分の部屋がある二階だ。いわばお隣近所だ。ちょっと恐る恐る、ぴんぽーん。


無反応。


隣部屋の4軒目。怯えはじめたみみずくの意表をついてぴんぽーん、は故障中の張りがみ。


こんこん…こんばんは(小さな声で)


反応がないの過去の三回の経験から容易に推察された。これを演繹法というのか帰納法というのか、あるいはどちらにも当てはまらいのか、わからない。


みみずくは怪しいセールスもしないし、宗教の勧誘もしない。ただ引っ越しの挨拶と、洗剤をお届けに上がったのです。


私は一人。たった一人この新しい町で誰も知る人のいない三日目の夜を迎える。


神様、誰かと話がしたい。

七里が浜

2011年9月22日

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黄昏どき

家に帰るという実感がまだわかない。

どさくさにまぎれ台風引越

2011年9月21日

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まだ台風は紀伊半島、遠いはずなのに、横浜はわりと激しい雨が降っている。

本日、金沢→鎌倉へ引っ越し。

時間をすぎた。まだ業者から連絡が来ない。

新しい住居は、海岸にちかく、川の州にある。

引っ越し初日に、避難勧告がでなませんように。

わたし

2011年9月19日

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2011年の十五夜も過ぎた。
老いたる身の生活と生命を支えているはずのこの自分は、
老いを敬うことなく、敬老の日も過ぎた。

退職と引越しが目前に迫っている。そんな今日この頃。

数えても残りわずかなのに、明日の仕事が嫌だ。
間違いなく過去でない今の自分は、明日が来なければいいと思う。

なにが嫌なのだろう? 

過去の日記見て、気がつくのは、いま、世界が、新鮮さを失い、色あせ、くすんでいること。

月を見ても、なにも感じない。
成長しない、むしろ退化した、無感動なわたし。

* * *

いつまでも続くかと思われた病気は、去った。

あの時の呼吸のできないくらいの重苦しい瞬間をいまはよく思い出せない。

そのかわり、いま

なにをみても心が動かない。

朝露に濡れた草木を見ても、果てしなく広がる鎌倉の海をみても。


* * *

凛と澄んでいた空気。
夜半に聞こえるフクロウの鳴き声。
朝も夜も鳴く、消え入るような秋の虫たちの音。

晩秋の北信で過ごした。仲間がたくさんいて、なのに孤独にさいなまれ病的で訳のわからない憂鬱、苦しみから少しでも逃れようとしてできなかった一日一日のほうが、なぜだろう、いまより比べようもないくらい「生きて」いた実感を伴っていた。
* * *

神様はいま、自分になにをせよといっている?

暗闇に耳を澄ましても、なにも聴こえない。

新しい街での暮らし

2011年9月15日

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今日、みみずくは横浜から鎌倉に住所を移した。


来月から向こうで新しい生活と仕事をはじめる。それがどんなに退屈な記事でも、このブログは日記なのだから仕方ない。

9月も半分すぎたというのに、朝比奈の峠空にはマグリットの岩のような入道雲が浮かんでいるし、焼けるような日差しが
…実際街をゆく人々の肌を赤く焼いていた……降り注いでいた。


このブログでは、これまで自分の少ないながら体験してきた高齢者介護の仕事について、フィクションですとか附記しつつ、ごまかして書いてきたけれど、


次の仕事は、福祉の仕事ではあるけれど高齢者介護事業ではなく、職場がさらに容易に特定されてしまいしたがって書くことはできにくい。


(例えば、その仕事がまるまる街の山の麓の、少年更生施設だとか、刑務所だったら、いったいどうしてその施設の中で起こる具体的な事象を書くことができる?


それが命の電話のカウンセラーボランティアが、その仕事内容を死ぬまで秘密にするのと一緒のこと


郵便配達人が読んでしまったハガキの裏の内容を死ぬまで秘密するのと一緒のこと

いまや守秘義務がない仕事なんてない。


だから、どうしようか。


気持ちや考えを表現できないとみみずくは、満月の夜に狂って狼になってしまう。


ブログはやめて、全部フィクションの物語をつくろうか…

5回目の引越し 水面の波紋

2011年8月28日

8月1日のバイク事故をかわきりに、少しづつ前へ踏み出している今日この頃。


転職は、はじめハローワークや人材ハケン会社のおかげで、決まった。高齢者介護とは少し異なる福祉施設だ。公には求人は出ていないようで、もし個人で探していたらとても転職は難しかったと思う。


押入れに封印していた教員免許状が思わぬところで役に立って、介護福祉士の資格がないのに、児童指導員として雇ってもらえることになった。


ヘルパー2級も今の会社から取らなくていいといわれていたが、とっておいてよかった。2級なしで、介護経験二年半ですなんていったら、果たして雇ってもらえたかどうか。


* * *


そして秋が来ると同時に、鎌倉に引っ越すことになった。江ノ島の近く。みみずくの故郷の湘南の海。きっと生まれてはじめて見た海も、記憶の最初の海も、湘南の海だった。対岸のないどこまでも広い藍色の海。


希望は広き 相模灘・・・
理想は仰ぐ 富士の嶺・・・
湘南の海をみると小学校の校歌を思い出す。子どもの時、海はもっと狭いものに思っていた。いいや、海の広さなんて。考えが及ぶまえに、狭い町のすべてが好奇心の対象だった。


25年で、逗子、横浜、松本、長野、横浜、鎌倉と住まいは変わり、5回目の引越しとなる。


5回だなんて。


いちいち数えるなんて、よほど過去を振り返る人なんだなと笑われてしまいそうだが。


でもね。


後、人生で引越しは何回あるのさ? 


明日が必ず来るなんて誰にもいえない。


だから、みみずくは、日記を書き、その土地土地での思い出を振り返り、真夜中に後悔したり、恥ずかしくて叫んだり、たまにほっこりしたり、する。


思い出や過去は形がない、残らない、という。だから人は死んだら、それで終わりなのだと。


でもほんとうはそうではない。


たった一秒前の一呼吸すら、地球や宇宙のその後を多かれ少なかれ変えていく。


バタフライ効果といって一匹の蝶のはばたきが、結果、遠く離れた場所で嵐を呼び起こすこともある。




江戸時代の「恩送り」や「情けは人のためならず」という言葉は、小さなの行いでも、それがまるで水面の波紋のように広がり世の中を巡りめぐっていくことをいっている。

* * *

親しい人が亡くなったとき、介護をしていたお年寄りが亡くなったとき、こう考えると、楽になれる気がする。

生きていることが、誰かに影響を与える営みであるならば、人は命を失っても、永遠に生き続けている、と。現に、過去失った人は、今日の自分の行動を決めるほどの力をみみずくに与えてくれているのだから。











嬉しいことがあればきっとその前に

2011年8月19日

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一身上の都合で仕事を辞めるという状況で、みみずくは、もともとない自信をさらに失っていた。そんな日の連続一人夜勤入り…
冷蔵庫に小さな紙がはってあった。昨日の夜勤で、交代したショートステイの早番からだった。
——————————————————
みみずくさんへ
夜勤お疲れっす!!
ちょっとだけよいお知らせです♪ 
今朝、ショートの複数の利用者さんが、みみずくさんのことを、優しい子ね、親切だね、真面目な子だね、頑張ってと伝えて(笑)…と言ってましたよー。
やったやないかー

よっ、日本男児! 
というわけで今夜もパーリナイッ頑張ってー 
匿名希望
——————————————————

一晩のお付き合いの利用者さんから、そんな言葉が?毎日、気の合わない同僚上司から、みみずくは注意されてばかりだった…信じられない。そしてみみずくは、お年寄りから見れば「子」なんだ。
そしてこの手紙を書いた主は、それをどうして自分に伝えようとしたのだろう。
みみずくは、涙を噛み締めて、しかし会社を辞めることにかわりはなく転職にいそしむ。
自信をくれてありがとう。

満月今宵大切な人

2011年8月14日

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みみずくの家に遊びにきてくれた深夜、大切な人。


急だったし、仕事終わりのこんな時間だったので大慌てで部屋を片付け、


レモングラスのお香を炊いて、山梨て買ったろうそくに火をつけて。


何か!何かださなきゃ、と思い、インスタントコーヒーしかなくて、


やかんがないのでバーナーとコッヘルて、湯を沸かして。そう、安曇野のミネラルウォーターがあった。


とりあえず、夏みかんでも食べてよね。これうちのばーちゃんちでいっぱいなるの。


ゆっくりしてって下さい?どうせもうバスもタクシーもないし、そんな乗り物なんていまのあなたには必要ないものね。


なんか疲れてるの?
悩みごとあるようだね?


久しぶりだから一緒に飲みたいけれど、うちにいまお酒はないんだ。レキソタンならあるよ。うー最近一年ぶりにまた先生んとこいったんだ。薬の力を借りることは悪くない。コーヒーはやめて、これを飲んで少し眠ったら?


僕?


おかげさまで相変わらずなんとかやってる。元気だよ。まだまだ勉強しなくちゃいけないね。ありがとう。いつも見守ってくれていてありがとう。


少し高い場所から、風のように見守っていてくれるあなたの気配を感じています。


みみずくはいつでも、あなたの味方。困ったらいつでもおいで。といいつつ、相談しちゃうのはいつも自分のほうだけどさ。


それにもう年上になったわけだから、しっかりします。


帰る?
うん。
忙しい時に寄ってくれてありがとう。
名前を呼んでください。
そしたら仕事中でなければたいていいつでも会えますから。


ではね。

25歳 支えられて

2011年8月3日

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嬉しいことがあれば
きっとその前に
嬉しいことを誰かに
したのでしょう
辛いことがあれば
きっとその前に
誰かに辛い思いを
させてしまったのでしょう

残念ながら 僕らは
こんな風に色々抱えて
生まれてきたんです
そのままが特に
美しいモノじゃないんです

だけど

生まれたときあんなに
大きな声で泣いたのは
このココロとカラダを全部使って
今度こそは誰かに何か
良いことをできるチャンスを
もらえたのが嬉しかったからなんです

絶対痛くないからと
歯医者につれて行かれて
飛び上がるほど痛かったなんて
やっぱりイヤでしょ?
だから本当のことを言うね
生きていくことは
とてもとてもとても大変だし
それが当たり前なんです

残念ながら 僕らは
こんな風に色々抱えて
生まれてきたんです
そのまま何もしなければ
それなりの人生しかないんです

だけど

生まれたときあんなに
大きな声で泣いたのは
このココロとカラダを全部使って
今度こそは誰かに何か
良いことをできるチャンスを
もらえたのが嬉しかったからなんです

そして最後の日に
この歌を
自分のために歌えるように

Happy birthday to me
and
HAPPY BIRTHDAY TO YOU.

みみずくが好きな槇原敬之の曲です。今日で25になりました。
現在、いろいろ転職だったり、事故だったり、苦しいですが、転機を迎えているようです。

暗闇だから見える光がある、というように、けれどもそういう辛い時、意外なところから励ましをくれたり味方になって下さる人がいて、普段何もなければ気づかない、感謝すべきことにも気がつきました。

詩にもありように今度こそは自分が誰かに何か
良いことをできるようがんばりたいと思います。


月夜のみみずくの顔の知れない読者様へ、感謝の気持ちを込めて。

月夜のみみずく

交通事故

2011年8月1日

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じゃあ気をつけて。


ホームセンターでカブに乗っていた人から声をかけられた。同じカブて、見慣れない新しい車両だったからか声をかけられたあとだった。


気をつけて。そのことばがまるで予言のように耳に残る。


電車のなかで亡くした財布を取りにいった帰りだった。次の仕事さきになるかもしれなかった、その日、みみずくは、満員電車の人に押され、財布をホームにおとしていた。


こんどは交通事故。


退職願をだしてから悪いことが立て続けにおこる。

まえの車が急のつく急転回して、さけられず衝突。


体が、痙攣している。親切なおばちゃんがかけよってきて、目の前の消防署に通報してくれた。


自分で病院にいける気がしたので断ったが、足を捻ったらしく、すでに到着していた救急車に載っていくことをすすめられる。


警官がぶっきらぼうな物言い人で救急隊の人は、悪口をいっていた。久しぶりに味方を得たような安心感がした。


足は捻挫ですんだ。


夜勤なので、欠勤希望の連絡を入れるのがこころぐるしい。


職場からは夏休暇を前倒しにさせてもらいますとか、いつこられるか、そういった実務的なことばかり。事故にあった私、それはミスをし、業務に穴を空ける存在でしかない。


疲れた。


他のことは考えず、
迷惑も考えず、一週休みとする。実際足を捻挫しているから働けない。


保険会社の人だけ、味方をしてくれる。


お金、だけか。この世界は。